邂逅

 ハルカとマッテオは、簡易シェルターの中で横になっていた。

 酸素は12時間分あったが、それもまもなく尽きる。


「ハルカが星を見れて、良かった」

 マッテオはハルカの手をそっと握る。

「うん。見れて良かった。ありがとう」

 そう言って、ハルカはマッテオに身を寄せた。


「願いがかなった。後悔はない。

 って、言うシーンなのかもしれないけど。

 私、死ぬのが怖い」

「ハルカ・・・」

「マッテオも巻き込んじゃって。それもひどく、辛い」

 涙ぐみ、ぐずっと鼻をすすり上げた。

 マッテオが抱いた肩は、小刻みに震えていた。


「死ぬのと、俺を巻き込んだのと、どっちが辛い?」

「そうだね・・・やっぱり死ぬのが怖い。

 マッテオはおまけ。言っておかないと後味が悪そうだから言ったよ」

「ハルカらしいや」

 2人は、はははと笑った。


 マッテオは、ハルカの身体を抱きしめた。

 そして・・・



 急に強い光に照らされて、2人は跳び上がった。

 シェルターの外に、車両と人影が見えた。


「ええっ!? 誰なの?」

「外殻に住民が!?」

 慌てて宇宙服を装着すると、外に飛び出す。


 人影が尋ねた。

「あなたたち、人間なの?」


          **


 彼らの居住区に連れていかれた。

「あなたも呼吸できるはずよ」


 そう言って、女性は宇宙服を脱いだ。

 長いダークブロンドの下に、異常に白い顔があった。碧眼。

 細い顎。大きな胸。細い腰。細い手足。年齢は20代に見えた。


 大丈夫そうだなと思って、ハルカも宇宙服を脱ぐ。


「お前もだ」

 後ろで、マッテオが小突かれていた。

「分かったよ」

 しぶしぶ、ヘルメットを外した。


「くっさ!」

 いきなり、女性が叫んだ。鼻を押さえている。

「何よこの臭い!」

「宇宙食のせいかな? アーリオオーリオだった」

「洗い流して!」


 トイレで念入りに口をすすいだ後、2人は会議室のような部屋に連れていかれた。

 先ほどの女性と、細身の男性、そして年配の男性が待っていた。


          **


「私はミモザ」

 女性が名乗った。

「こちらの若いのがレグナス。あちらがメイオール。私たちのリーダーよ」

 レグナスは無表情に見ている。メイオールは静かに微笑むと、頷いた。


「で、あなたは?」

「私はハルカと申します」

「俺は」

「お前は口を開くな! まだ臭い!

 この臭いのは?」

「マッテオです」

 ハルカは苦笑しながら代わりに答えた。


 ミモザは、苦々しげにマッテオを睨んでから、再びハルカに聞いた。

「人間が何の用なの?」

「あの、ミモザたちは、人間じゃないの?」


 ミモザは首を振った。

「あなたたちの先祖からは、『吸血鬼』と呼ばれていたわ」


          **


「吸血鬼!? 実在するのも驚きだけど、

 そもそもなんでこんな所に!?」

「仕方がないでしょう。

 内側は『昼だけの世界』になっちゃったんだから」


 そうか、ダイソン球の中は常に昼の世界。

 吸血鬼には暮らせなくなってしまったのか。

 ハルカは納得した。


「まあ、お陰で、こちら側には昼がなくなったので、その点は良かったかもね。

 で、人間が何の用で、外に出てきたの」

「水漏れを止めに来たんです」

 先ほど見かけた水柱。地底湖からの水漏れを止めに来たのだ。


「私たち、この環境に慣れていなくて。

 水漏れを止めるのを、手伝って頂けませんか?」

「事情は分かったけれど、手伝うメリットがないわね」


 うーむ、とハルカは考え込む。

「お礼に、内側の食べ物を差し上げます。美味しいですよ」

「私たちはこれだけあればいい」

 ミモザは、手に持ったパックを示した。透明で、中に白い液体が入っている。

「それって『代用血』ですか?」

「『ドリンク』よ。

 私たちの世代は『代用』と思っていないわ。生まれた時からこれだから」

「白いんですね」

「この色が一番落ち着くの。

 黄色とかピンクとか緑とか、着色されたのもあるけど、白が標準。

 年配者は、赤いのにこだわるけど。マイナーな嗜好ね」


 それまで我慢して黙っていたマッテオが、口を開いた。

 一応、口を押えて、声も抑えている。

「エネルギーや水はどうしているんだ?」

「内側から取り出しているわ」

「勝手に使うなよ」

「勝手ですって!?」

 ミモザの青ざめた顔が、怒りで赤くなった。

「あんたたち人間が、勝手に地球を砕いたから、こうなったんでしょうが!」


 いきり立つミモザを、レグナスがなだめた。

「人間に恨みはないが、危険だとは思っている。

 数が減った方が、安心だな」

「勝手なことを言うな!」

 マッテオが叫ぶ。

「大口開けるな!」

 ミモザが鼻を押さえながら喚いた。彼女は匂いに敏感らしい。


 一番年配に見えるメイオールが言った。

「だが、人間が全ていなくなれば、内部の発電プラントをメンテナンスする者がいなくなる。

 それは、避けたいな」


 レグナスが頷く。ミモザも、渋々といった様子で頷いた。


「水漏れを止めるのを手伝おう」

「ありがとうございます。

 漏水している所に、連れて行ってもらえますか」

「いいだろう」

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