第8話 マネージャー

 ──Charlotteシャーロット七瀬ななせ──


「はぁ……」


 私は夜自室のベットの上で、ここ最近で一番大きなため息をついた。

 その理由は、以前柊くんと話していた野球部のマネージャーのこと。

 あの時柊くんに、友達が野球部のマネージャーに入りたいと言っていたと言ってしまった。

 けれど、実際に入りたいのは私だ。

 私が強がらなかったらこんなことになっていなかったのに。と今日はずっと自分を責めている。


 柊くんに、正直に「実は私が野球部のマネージャーに入りたかっただけなの」と打ち上げるべきだろうか?

 しかし、柊くんにバカにされてしまわないだろうか?


 いやいや!柊くんはそんなこと絶対にしない!

 ……けれど少し怖い。


「(もう、どうしたらいいのよォ〜!!)」


 私の心の声は心の中で収まりきらず、つい口から言葉として外に出ていた。


 明日思い切って言うしか……、でもやっぱり嫌だ!


 あ、!柊くんに「野球部のマネージャーに入りたいと言っていた子が親に反対されて無理になったから代わりに私が入るわ」と嘘をつけばいいんだ。

 けれど、私に嘘なんてつけるかな……?

 いいや、私!思い切って頑張ればきっと何とかなるわ!


 私の心の中での言い争いはなかなか終わらず気づけば日をまたいでいた。

 こんな遅い時間に起きているなんて私、不良じゃない。

 そう思い、私は慌てて部屋の電気を消してベットに大の字に寝転がった。



 シャーロットはいつも10時には寝ているため眠気が耐えきれずすぐに小さな寝息をたてて深い眠りについた。


 ★


 目が覚めると、窓の外からはちゅんちゅんと小鳥のさえずりが聞こえてくる。


「ん〜……。もう少しだけ……、じゃない!」


 昨日の寝た時間が遅かったので思考が鈍っていたが、今日は柊くんに野球部のマネージャーの件の話をするのだった!

 私は慌てて飛び起きると、ドレッサーで寝癖を軽くなおしてから、食卓に向かった。


 昨日の夜は、お父さんが帰ってきていなかったらしく、食卓は静かなものだった。

 正直お父さんがいると、家族の誰かにいきなり怒鳴ったりするので、今日は静かでとても良かった。


 私は、朝食を済ませたらすぐに制服に着替えた。

『彗星高校』の制服はとても華があって私は好きだ。

 私は時計を確認しつつ、髪を整え始めた。

 今日は勝負の日。だから髪型や服装に気おつけるのは当然よね?


「うん。いつもより綺麗にまとまっている」


 そこまでいつもと変わらないが、私がいいと思えばそれでいいのよ!


 あとは、化粧……。

 たしか、校則で化粧は禁じられていたはず。

 少しでも可愛くして学校に行きたい。

 けれど、柊くんに校則を守れない人だなんて思われたくないし、校則は破りたくない。

 よし決まりね。


 身なりは整ったし、忘れ物がないかチェックもした。


「大丈夫ね」


 私はそう呟いてから一度深呼吸をして家を出た。


 あと少しで梅雨だというのに、全くそんなことを感じさせないくらいに空は青く透き通っていた。

 今日は天気がいいのでもちろん傘は持ってこなかった。

 けれど、周りにポツポツ見える私と同じ『彗星高校』に通う生徒は決まって傘を持っている。

 みんな暑さで頭がパンクしちゃったのかしら。



 この時のシャーロットは、なぜみんなが傘を持っているのかを知らなかった。この結果が吉と出るのか凶と出るのか……。


 ★


 家からここまであっという間だった。

 私は今教室の前で約5分程精神統一をしている。

 あ、あと1分したらこの扉を開けるわ……。


 よ、よし1分経ったわね。

 あ、あ、開けるか……。

 私が教室の扉を勢いよく開いたその時。


「お、シャーロットさんおはよ~」


 柊くんが話しかけてくれた。

 しかし、その声がしたのは私の正面にある教室からではなく私の横、つまり廊下からだった。

 私は動揺を隠せずつい柊くんの言葉を無視すると、柊くんが追い打ちをかけるように口を開いた。


「シャーロットさん?……教室の前で立ち止まってどうしたの?何か入れない事情でもあるのか?」


 ん?”さっきから”ということは……。


「柊くん?」

「ん?」

「今見たことは忘れてっ?」

「……無理だっ!」


 自分で言うのもなんだが、私がかわいくお願いすると、柊くんは私の願いを軽々と断ってきた。

 私の右足は反射的に勢いよく柊くんの左足を踏みつけた。


「んッてぇー!!」


 柊くんは飛び跳ねながら痛がっている。

 うふふ。かわいいわね。私のお願いを聞かないからこうなるのよ柊くん?

 そんな浮かれた感情は一瞬で引っ込んでしまい、代わりに罪悪感が込み上げてきた。


「あ……。柊くんごめんなさい。私恥ずかしくてつい踏んじゃったの……」

「だ、大丈夫だ……」


 柊くんの目がなんとなくおびえているように見えるのは気のせいだろうか?


「よ、よかった……」

「ところでシャーロットさんよ。さっきはここで何をしてたんだ?」


 やっぱりごまかせないかぁ~……。


「実は友達の――――。いや、私実は野球部のマネージャーになりたい、です……」


 昨日から考えていた嘘は一切つかずに私は柊くんに思いを伝えられた。

 あとは柊くんが何と言うか……。


「あ~。前に言ってた友達が野球部のマネージャーになりたいって言っていたのは、シャーロットさんだったか」


 え、今”やっぱり”って言った?

 柊くんにはすべて見抜かれていたのか……。


「さぁ?昔のことは忘れちゃった」

「ほんとか……?まぁわかったよ。また監督に伝えておくよ」


 私の想像よりも柊くんは遥かにすんなりと了承してくれた。

 この時の私の嬉しさと言ったらそれは誰にもわからないだろう……。


 私は「ありがとう」と素直に礼を言うと、柊くんは「おう!」と言って、少しむずがゆそうに教室に引っ込んでいった。


「(ありがとう柊くん)」


 私は誰にも聞こえない声で柊くんに感謝を伝えて私も教室に入った。

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