第6話 親子喧嘩

 ――Charlotteシャーロット七瀬ななせ――


 お母さんが亡くなって2ヶ月後、ようやくお母さんの件で大変だったことが一段落着いた。

 お母さんの亡骸を火葬して、火葬場で遺灰は引き取ってもらった。

 お父さんは、何一つ辛そうな顔をせずにお母さんの葬儀や、火葬を済ませた。

 イギリスでは葬儀は亡くなってから約1〜2週間経ってからするのが主流なのに、お父さんはそれに逆らって家族だけですぐに終わらせてしまった。


 お父さんは、お母さんの火葬が終わると、「この国に留まる理由も無くなったから日本に行くぞ」と言って、引越しの準備を始めた。


 お母さんが生きていたら楽しみに思えたかもしれないが、今はお母さんの生きたこの地と離れるのが寂しかった。


 ★


 それからさらに2ヶ月の月日が過ぎた。

 私達家族は、お父さんの実家に引っ越した。

 お父さんの実家は由緒正しい家柄らしく、家というか屋敷と言った方がその家には当てはまるような広い家だった。


 おばあちゃんとおじいちゃんは私達兄弟を笑顔で引き受けてくれたが、お父さんは相変わらずいつも帰ってくるのが遅い。

 どうせどこかで知らない女とよろしくしてるんでしょ……。

 ほんと意味が分かんない。


 ★


 海斗と出会う1週間前。

 私は、この町の教育委員会に転校することを伝える連絡をしたり、転入届を提出したりといろいろと大変だったが、それも今日ですべて終わった。

 学校側の準備も必要とのことなので、私の初授業は来週になるようだ。


 レオの通う幼稚園も確保することができた。

 これで、私たち家族はやっっっと忙しかった日々から解放される。


 日本語の読み書きはお父さんの影響できたが、まだまだ分からないことだってたくさんある。

 だから、今のうちに少しでも予習しておこうかしら。


 ★


 そして転校日前日、私はお父さんと喧嘩した。


「おいロッテ!お前勉強したのか!?……お前、テストで1位じゃなかったらどうなるか分かってんのか!?」


 うるさいなぁ。そんなこと言わなくても分かってるのに。

 けれど、ここで反抗したら私の負けよ。

 私、頑張って耐えるのよ……!


 ふぅ……。

 なんとか怒りは収まってきた。

 私、やれば出来るじゃん。


「なんとか言ったらどうだ!……あぁ?何ニヤけてんだよ、気色悪ぃな!……おら!」


 お父さんは、容赦なく私の顔面にビンタしてきた。


「痛っ……!」


 私はビンタされた勢いで、地面に尻もちを着いてしまった。

 私がお父さんを睨んでやると、お父さんは「フンッ!」と鼻を鳴らして自室に戻っていった。


 私は無性に腹が立った。お父さんと同じ"空間"ではないが、同じ家にいるのが嫌だ。

 私は無意識のうちに家から飛び出していた。


 街ゆく人の幸せそうな顔を見る度に胸の奥が苦しくなった。

 私は逃げるようにすぐ横にあった路地裏に逃げ込んだ。


 少し歩いたところで、正面から人影が見えた。

 大学生くらいの男だった。


「お?君。今暇?これから俺と遊びに行かね?」

「え……」


 私はそれからしつこくこの男に絡まれた。

 ムカつく……。

 こういう陽キャみたいなヤツは女子のことを顔でしか見ていない。

 正直「私はあなたに興味が無いです」と言ってやりたいところだが、私はぐっと堪えた。


 それから、この男は私の腕を掴んできたりした。私は怖くなって助けを求める声を上げた。

『誰も来てくれない』そう思っていたら……。

 なかなかガタイのいい私と同い年くらいの子が私を助けてくれた。


 私はこの恩は絶対に忘れない。と、この時思った。


 ★


 あぁ。あと少しで家かぁ……。

 私は柊くんと別れた後、1人でトボトボと帰路を歩いていた。

 お父さん、帰ってきてないといいけれど。

 でも、お父さんは家にいない時はどうせ浮気をしているんだ。

 私、大人になったら絶対絶縁してやるんだから……!


「た、ただいま。……え?」


 私は家に入って顔を上げると、そこにはお父さんがいた。

 腕を組んで、鋭い目付きで私を睨んでいる。

 私は思わず身震いしてしまいそうだったけれど、お父さんを睨み返してなんとか堪えた。


「どうしてこんなに帰りが遅いんだ?」

「え……。ぶ、部活動見学行ってたの……!」

「そうか。お前ご飯はどうするんだ?……もしかして食べてきたとは言わないよな?」


 私は、お父さんの圧に負けてしまって「ま、まだだけど……」と答えてしまった。

 食べられるかなぁ……。


 私が食卓に着くと、レオも部屋から出てきて私の隣に座った。

 おじいちゃんと、おばあちゃんは優しいけれど何故か心が許せない。

 だから、この家ではレオだけが心の拠り所だ。

 レオは私に『大丈夫?』って聞いたけれど、恐らく帰ってきたのが遅かったことだろう。

 私は英語で『大丈夫だよ〜』と言って、レオの頭を撫でてやった。

 そうすると、レオは嬉しそうに私に抱きついてきた。

 ほんと可愛い弟だな。


 私は柊くんとの食事でお腹がいっぱいなので、食べられないかもと思っていたけれど、案外いつも通り食べることが出来た。

 私……太ってきてる?


 明日から気をつけるから大丈夫だよね……?


 私はお風呂につかりながら今日あった出来事を思い出していた。


 カレーライス辛かった……。

 まだ少し舌がヒリヒリする。

 けれど、その後……。柊くんに《あ〜ん》しちゃった。

 私、はしたない女だなんて思われてないかしら……。

 も、もう終わったことは考えても意味が無いわ!


 そ、そういえば、明日はサッカーね。私サッカーは得意よ!

 明日が楽しみね〜。はは、ははは……。


「柊くん……!?違うからね?勘違いしないでよ、ね?」


 私は誰もいない浴槽で1人叫ぶのだった。

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