第5話 私の家族

 ──Charlotteシャーロット七瀬ななせ──


 私は柊くんと別れた後、街灯に照らされながら人気のない道を歩いていた。

 この町は、彗星高校の周りは開発が進んでいて人通りも多いけれど、少し歩くと同じ町なのに、まるで違う町に来たように錯覚させるほど人通りが少なくなる。


 ★


 私の家族は、お母さんがイギリス人で、お父さんが日本人。

 そして、4歳の弟がいる。


 お母さんは半年前に鬱病で死んだ。原因は過度なストレスだ。

 お父さんは毎日のように帰りが遅い。

 そして、お母さんの仕事場の上司はパワハラがすごかったと聞く。


 ★


 そしてある日、お母さんは倒れた。

 私が学校から帰ってくると、リビングに倒れているお母さんの姿があった。

 あの時は、私もパニックを起こしてしまいそうだったけれど、なんとか救急車を呼ぶことが出来た。


 けれど、それからお母さんは家に帰ってくることはなかった。


 お見舞いに行くたびに、お母さんは衰弱している気がした。

 私は、お母さんのそんな姿を出来るならば見たくなかった。

 けれど、私は仮初かりそめの顔でお母さんの前に立っていた。

 ずっと、ずっと、お母さんが元気になって退院することを夢見ながら────


 正直泣き叫びたい気分だったよ。


 ★


 そして、お母さんがなくなる1週間前。


 この日もお父さんの帰りが遅かった。

 だから、私は家で1人でご飯を作って、弟のLeoレオと2人で食べていた。

 

 レオはお母さんっ子だった為、お母さんが入院してから口数がすくない。

 だから、私がレオに話しかけない限り、部屋は静寂に包まれている。


 そんな時、私のではないスマホの音が静寂を破った。


 プルルッ、プルルッ♪ プルルッ、プルル♪


 こ、これは……、お父さんのスマホの着信音?

 私はその時すぐにお父さんがスマホを忘れて仕事に行ったと悟った。

 これって、出た方がいいかな?

 大事な仕事の話だったら無視すると、お父さんの仕事に支障が出ちゃう……。

 私は意を決して電話を取った。


『あ、もしもし?たっちゃん?』


 私のお父さんの名前は七瀬ななせ 達也たつやだから、"たっちゃん"は、お父さんのことを指しているのだろう。

 仕事の人にしてはフレンドリーな感じね……。


「あ、あのー……。あなたは誰ですか?」

『私?私は達也の彼女だけど、あんたこそ誰?』


 通話の相手が女であると分かった途端、急に態度が冷たくなった。

 そんなことよりもお父さんの彼女ってどういうこと!?

 お父さん、まさか浮気してるってこと……!?


「わ、私は七瀬 達也の娘です……」

『あ〜、前に言ってた子ね。……ところでたっちゃんはどこにいるの?』


 この口振りからすると、お父さんが結婚していて娘もいることを知っているらしい。


 ガチャ、プー、プー


 私の手は反射的に通話を切っていた。

 目の前が真っ暗になった。真っ直ぐに立っていることすら出来ない。

 お父さんは、浮気をしている……?

 お母さんが病院で苦しんでいるのに?

 レオはお母さんが居なくなってからずっと心配して元気がないのに?


 正直信じられなかった。

 けれど、この頃お父さんは帰りが遅い。お母さんや、私が「何してたの?」と聞いても、いつも"仕事"の一点張り。

 もし、この時間に浮気をしているなら……。


 うっ……。

 吐き気が込み上げてきた。

 足に力が入らない……。

 視界がゆがんで見える。

 私は慌てて何かに捕まろうとしたが、そこには何も無く、私はそのまま地面に倒れてしまった。


 バタンッ!


 耳元で鈍い音が聞こえてきた。

 それに遅れて、レオが走って寄ってくる音が聞こえる。


Lotteロッテ!どうしたの……?ロッテ!」


 ロッテは私の家族や親しい人からの呼ばれ方。

 レオが泣きながら私の体を揺らしているのがわかる。


「だ、だいじょうぶだから……。少しだけ休ませてね……?」


 私が震える手でレオのアタマを撫でてやると、レオは小さく「分かった」と言ってどこかに言ってしまった。

 私がお母さんだったらもっと心配してくれたのかな……。

 いつもなら思いもしない言葉が、胸の中を渦巻いている。


 ん?バタバタとレオの走ってくる音が聞こえる。


「ロッテ、これ使って!」


 レオは私の部屋から薄地の掛け布団を取ってきてくれたのだ。


「れ、レオ……」


 頬を熱いものが流れていくのが分かった。

 私は泣いているのだ。


「ロッテ?どうして泣いているの?」

「これは、嬉しいから泣いているの。レオ、ありがとね」


 そう言って私は上半身だけ起き上がると、レオを抱きしめた。

 レオは「えへへ」と微笑んで、抱きしめ返してくれた。

 レオの暖かい体温が、私の冷たくなった心を少し溶かしてくれた。


 この時私はレオが独り立ちするまで私がずっと支えると決めた。


 ★


 1週間後、病院から着信があった。

 私が電話を取ると、看護師さんらしき人が、

ElizabethエリザベスBrownブラウン様が亡くなられました』と淡々と告げてきた。


 お母さんが、亡くなった……?

 私は自室で声にならない嗚咽をもらした。

 いつもにこやかで優しくて、いたずらしちゃっても「ダメですよ?」と言って優しく怒ってくれたお母さん。

 友達なんかよりも大事で大好きだったお母さんはもういないんだ。


 私は少し気持ちが楽になってから、レオと2人でお母さんのところに向かった。

 病院に行くために乗ったバスの中で、私は何度も「夢であってほしい」と願った。


 けれど、現実はそんなに甘くもなく、病院に着くと霊安室れいあんしつというところに連れていかれ、私のすぐ目の前にやせ細ったお母さんが

 入院中に着けられていたコードなどは既に取り外されていた。

 なんの柄もない白いベットの上に横たわるお母さんの亡骸を見て、私とレオは声を出してその場で泣いてしまった。


 私達は泣きつかれるまで泣いてから、お医者さんに死亡診断書を書いてもらってから今日はとりあえず帰ってきた。


 これからどうすればいいのかは、私に分からないので、お父さんにお母さんが亡くなったということだけをメッセージアプリで伝えてから、レオと手を繋いで家に帰った。


 何もする気が起きず、何もせずにただボーっとしていると、気づいた頃には時間は夕方になっていた。


 夜ご飯作らないと。

 私は力の入らない足を無理やり動かして、キッチンに立った。

 普段はリビングでテレビを見ているレオは、今日は私の足元に抱きついている。


 私達は食欲がなかったので、簡単に食べれるような物を作って2人で食べた。


 それからレオをお風呂に入れて、私達は同じベットで寝た。

 いつもはレオが寝たらベットから降りて、自分の部屋に戻るけれど、今日はレオが「ロッテの部屋がいい」と言ったので、朝までずっと一緒にいた。

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