第35話

「いつ帰んの?」


 陸人が訊ねてきた。


「八月五日」


「じゃあ、俺もその日に行く。新幹線?」


「うん。まだ予約してないから、今から取る?」


「うん! じゃ、一緒にやろ」


 その勢いに押されるように、俺はスマホを取り出してアプリを開く。

 新幹線の便を探しながら、ふと彼の顔を見ると、どこか楽しそうな表情が浮かんでいた。

 それが妙に嬉しくて、自然と口元が緩んでしまう。


「何時にする?」


「昼とか?」


「おっけー」


 話し合いながら決めたのは、十二時四十五分発の「ひかり六四一号」だ。

 グリーン車を選んで、二人並んで座れる席を予約した。スマホの画面に表示された確認画面を見て、一緒に出かけるという事実がじわじわと実感に変わっていく。


「本当に行っていいんだよね?」


 陸人が改めて確認すると、俺は少し呆れたように笑いながら答えた。


「いいよ、何回言わせんの」


 その返事とともに、陸人がこちらを見てきた。

 その目はまるで子どものように無邪気で、どこか輝いていて、その表情が眩しくて思わず見惚れてしまう。

 そして、その瞳は、光を反射して吸い込まれそうなくらい綺麗だった。深い透明感の中に不思議な温かみがあって、言葉にできないほど心を奪われる。


「目……綺麗だね」


 気づけば、そのまま口にしてしまっていた。

 自分でも驚くほど自然に出た言葉だった。


「な、何急に?」


 陸人はその言葉に驚き、顔を少し赤くして視線を外す。その照れた様子がまた可愛くて、胸がじんわりと熱くなる。


 陸人が照れるなんて、いつも強気な彼からはあまり想像できない姿だ。

 けれど、そのギャップがたまらなく魅力的。

 昔から可愛いと思っていたけど、今の陸人には可愛さだけじゃない色気や大人っぽさがあって、そのすべてが俺の心をぐいぐいと引き寄せていく。


 ふと、心の中で問いかける。(でも、俺男だよ……?)


 その思いは、自分に対する言い訳のようでもあり、現実に戻ろうとする最後の抵抗のようでもあった。

 けれど、彼の輝く瞳や微かに揺れる仕草を目の前にして、その抵抗がどんどん弱まっていくのを感じる。


 一緒に行くと決めた新幹線の予約は、ただの予定作りのはずだったのに、それがいつの間にか、俺にとって大きな意味を持ち始めていた。

 陸人と隣で過ごす時間、その先にある未知の時間。すべてが今、特別なものになりつつあった。


 自分の心が、もう後戻りできない場所に向かっていることを、なんとなく悟りながら、俺は黙ってスマホを閉じた。

 隣で笑う陸人の顔が、どうしても頭から離れなかった。

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