第34話

 暑い日差しの中、俺たちは軽い会話を交わしながら教室へと足を踏み入れた。真夏の熱気が体にまとわりつき、じわりと汗が滲む。けれど、陸人の隣で話していると、それさえも少しだけ忘れられる気がした。


 教室の中はまだ静かだった。時間より早めに来たからか、人はほとんど集まっておらず、ちらほらと数名が席に着いて話しているだけだった。その空間の端を見つけ、俺たちは自然とそちらへ向かう。窓際の席に腰を下ろすと、微かな風がカーテンを揺らし、外の蝉の声が遠く聞こえた。


 何気ない空間だったが、隣に陸人がいるだけで、それだけでどこか安心感があった。

 ふと、気になったことを訊いてみた。


「なー、陸人って、光一と仲良かったの?」


「え、まあね。高校同じだし。でも、学部が違うからあんまり会ってない」


「そっか。会わないの?」


「え、会わないよ」


「なんで?」


「何でって、なんでもいいじゃん」


 なんとなく、はぐらかされたような気分になった。陸人の言葉にはどこか曖昧さがあって、何かを隠しているようにも感じたけれど、それが何なのかは分からない。追及していいのか、それともそのまま流すべきなのか。少し迷った。


 けれど、あまり深く考えすぎるのも自分らしくないと思い直して、自然に別の話題を振ることにした。


「あ、陸人さ。夏休みどうすんの?」


「どうするって?」


「んー、どっか行くの?」


「いやー、行かないな」


 陸人がその話題に乗ってきたのを見て、少しだけ安心しながら、軽い会話を続けた。


「そっか、俺は大阪帰るよ」


「え、まじ?」


「うん」


「寂しい……」


 「え、可愛い……」


 気づけば、そんな言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。なぜだろう、どうしても他の言葉が思い浮かばない。陸人が「寂しい」と言ったその一言が、胸の奥に突き刺さるようで、言葉にならない感情が湧き上がってくる。


 今まで誰かに会えなくて寂しいなんて言われたことはなかった。それだけでも心がざわつくのに、陸人にそんな言葉を言われるなんて、想像もしていなかった。

 彼の言葉が、どこか無防備で、真っ直ぐだったからこそ、余計に心が揺れる。


 恥ずかしい。その一言に尽きる。だけど同時に、その言葉が嬉しいと思ってしまう自分もいるのが分かった。

 彼の寂しさを埋められるのは、自分でありたい。そんな思いが胸の中で密かに膨らんでいた。


「な、なんで……?」


「俺、雄也の隣にいたい……」


「な、何言ってんだよ」


 正直、嬉しい。俺は、ダメ元で訊いてみた。


「じ、じゃあ、一緒に来れば? 大阪」


「え? いいの?」


「いいけど……」


 陸人は、嬉しそうに喜んだ。


「お、俺んち、と、泊まる……?」


「うん! いいの?」


「い、いいよ」


 俺は恥ずかしさを必死に抑えて、ぶっきらぼうに答えたつもりだった。けれど、内心では動揺が隠せず、声が少し震えていたかもしれない。

 どれだけ平静を装っても、恥ずかしさが露わになっていたのは自分でも分かっていた。


 陸人の方をちらりと見ることさえできず、視線は下へと向けたまま。

 面映い気持ちが胸に広がり、彼の反応が気になりつつも、正面から向き合う勇気がどうしても出なかった。

 けど、嬉しい気持ちは溢れていた。

 多分、口角が上がっていたんじゃないかな。

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