第33話
突然現れた彼の顔に、最初は全く覚えがなかった。どこかで見た気もするけれど、記憶が曖昧で、すぐには思い出せない。
けれど、数秒間、彼の表情をじっと見つめているうちに、脳裏に鮮明な情景が蘇った。あの日。
それは、入学式の日だった。一人で校庭の端に立ち、広がる青空をぼんやりと眺めていた時。緊張と不安で周りに声をかけられず、ただ静かに風の音に耳を傾けていた。その時、何の前触れもなく声をかけてきたのが、目の前にいるこの男子だった。
「あの日の?」
そう気づいた瞬間、胸の奥がざわついた。
「光一……?」
「そう! 覚えててくれたんだ!」
「うん、なんとか」
光一は、俺を見つけてまっすぐこちらに来た様子だった。
少し緊張したような笑みを浮かべながら、陸人に視線を向けて話し始める。その内容を聞いていると、どうやら陸人と光一は同じ高校の出身らしい。
「久しぶりじゃん、陸人。元気してた?」
つまり、二人は顔馴染みということだ。偶然ここで再会したことに、陸人も驚いたようだが、自然に話を続けている。
その様子を見て、俺はどこか取り残された気分になりながらも、二人の会話に耳を傾けた。
「おう。光一は? てか、雄也と知り合い?」
「いや、雄也とは入学式で会った。逆に陸人とどういう関係?」
「雄也とは、親友。幼稚園、小学校、中学校一緒だった」
「え、まじ? じゃあ奇跡の再会じゃん!」
確かに、これは奇跡の再会だ。そんな光景を眺めながら、ふと改めて陸人の方に目を向けた。
十年余り一緒に過ごしてきた陸人。けれど、高校に進む前のタイミングで三年間離れることになった。あの頃、俺は心のどこかで悲しさと寂しさを抱えていた。
それでも、こうして目の前にいる陸人は、変わらず笑顔を向けてくれる。その笑顔を見るたび、胸が締めつけられるようだ。
俺は陸人に恋をしているのか?
その思いが、頭から離れなくなっていた。
「じゃあ雄也、陸人のことよろしくな」
「え?」
「ちょっ、光一、うるさい」
「フフ、じゃあな。また連絡するわ」
そう言い残し、光一は笑顔を浮かべながら奥の席の方へと歩いて行った。その姿を見送りながら、俺は彼の背中に何か不思議な余韻を感じていた。
どうやら、奥の席に彼の知り合いがいるようだった。光一は、さっきまでとは違う少しリラックスした雰囲気で、軽やかな足取りでその人の元へ向かっていく。
その後ろ姿が店内の柔らかな光に溶け込むようで、俺たちの間に流れていた独特な空気も一緒に消えていった。
「雄也、光一と仲良いんだね」
「仲良いっていうか、ちょっと話しただけだよ」
「そっか」
陸人は、何か言いたげな目を向けてきたが、言葉を発しては来なかった。
その後、二人の間に妙な時間が流れた。言葉を交わすでもなく、ただ静かに座っているだけだった。カフェの店内は相変わらず賑やかで、他の客たちの話し声や笑い声が、絶え間なく耳に入ってくる。
さっき光一と交わしたやりとりも、周囲の喧騒に飲み込まれていき、まるで何事もなかったかのように空間に溶けていった。
二人の間には、いつものような沈黙が流れている。それは特に気まずいわけでもなく、むしろ心地よい静けさだった。
目の前にいる陸人の存在を感じながら、この穏やかな時間が続いてほしいと思った。言葉がなくても、不思議と満たされた気持ちになる瞬間だった。
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