第14話

 俺はその瞬間、時間が止まったかのように感じた。

 目の前にある現実が嘘で、彼の言葉も夢の中で聞いているような感覚。体は硬直し、心の奥でどこかで信じられない気持ちが駆け巡っていた。驚きすぎて魂が抜けてしまったように、動けない。


 ただ彼の顔を見つめ、彼の声を聞く。


 「・・・・・・あの、陸人?」


 ようやく声を出すまでに、どれだけの時間がかかったのだろう。いや、実際には数十秒ほどかもしれない。


 それでも、俺にとっては数分にも感じられた。今の自分にとって、その事実がどれだけ大きな衝撃をもたらしているかが、自分でも理解できないほどだった。


 「うん。本当だよ」


 彼の言葉が耳に届くたびに、心が少しずつほどけていく気がした。「あの」陸人──俺の記憶に刻まれた、幼き日の姿が蘇る。彼は笑みを浮かべながら静かにうなずき、何度も肯定してくれる。


 その笑顔は昔と変わらない、いや、むしろ以前よりも魅力的に成長していた。


 「本当に、あのちっちゃかった陸人なの?」


 俺の言葉が疑問符を帯びながらも、彼の顔を見るとやはり答えは一つしかない。


 まるで小さな少年が、少しずつその背丈を伸ばし、今や俺を見下ろすほどの姿へと成長したかのように、現実の彼が目の前にいる。


 「うん、あのちっちゃかった陸人だよ」


 懐かしさと驚き、喜びと戸惑いが混ざり合い、心の中が不思議な温かさで満たされていく。


 彼が確かに「昔の」陸人であることを知り、嬉しさが込み上げてくると同時に、失っていた過去がこんなにも鮮やかに蘇るなんて、夢のようだった。


 「え、小学生の頃、毎日うちに来てたあの陸人?」


 しかし、さらに確認をしてしまう。

 言葉が途切れがちに、けれど自然と懐かしい記憶が口をついて出る。


 彼が毎日のように家に遊びに来てくれていた頃。幼い俺を守ってくれて、いつも一緒にいた陸人。彼は微笑みながら、穏やかに何度もうなずいてくれる。その仕草も、どこか昔の面影が残っている。


 「そうだよ。毎日君の家に遊びに行ってた、あの陸人」


 「嘘やん・・・・・・なんでわからんかったんやろ」


 彼の存在が、俺にとってどれほど大きかったのか。そのことを思い出すたびに、心が少しずつ温かくなっていく。


 彼のことをすっかり忘れてしまっていた自分が、急に情けなく思えてくる。


 「まあ、こんなに見た目が変わっちゃったら、仕方ないよね」


 彼が自分のことを笑って軽く流すたびに、その姿がかつての幼い友人とは違って見える。あの頃の無邪気な笑顔を思い出すたびに、心が懐かしさでいっぱいになる。


 しかし、今の彼はさらに大人びて、まるで違う世界に住んでいるかのような感覚を覚える。


 「本当、変わりすぎ。どんだけ垢抜けてんの。それに、背が俺より高くなって・・・・・・


 彼を前にして言葉を失いそうになる。目の前にいるのは、子供の頃に知っていた陸人ではなく、全く新しい存在のようにさえ感じられる。


 彼の微笑みが優しく俺を見つめ、かつての親友が今や一段と美しく成長した姿に変わっていることが、信じられないくらいに鮮やかな現実として映っている。


 「どうして・・・・・・?」


 心に浮かんだのは疑問ばかりだ。この再会が偶然の産物であるかのように、どうして彼がここにいるのか、その理由さえわからなかった。思わずその疑問を口にすると、彼は静かにその訳を語り始めた。


 「父さんの仕事でここに引っ越してきたんだ。それで、ここで暮らすことになったから」


 そう語る彼の声は、昔と変わらない穏やかで、落ち着いたものだった。


 その言葉を聞くたびに、少しずつ疑問が解けていく。こんな風にして、かつての彼と再会できた奇跡のようなこの瞬間が、どれだけ貴重で大切なのかを実感していた。


 彼のことを見つめているうちに、心の奥底から溢れる感情が抑えきれなくなっていく。

 子供の頃、いつもそばにいてくれた陸人に、また会えた喜びが込み上げてきた。

 俺は思わず彼の手を掴んでしまった。


 その温もりが、かつての懐かしい記憶を呼び覚ますように、静かに俺の心に染み渡っていく。


 ──君にまた会えて、本当に良かった。

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