不気味な村民

 案内された大野の家を見て、逢は小さな悲鳴を上げた。いくつもの人影が家を取り囲むようにずらりと並んでいるのが見えたからだ。


「村の人達です。俺が引っ越しの準備に来ると必ず様子を見に来るんです。監視されてるみたいで落ち着かなくて、あまり進まないんですよ……」


 家の塀を見た四辻は、「でしょうね」と相槌を打った。『よそ者出てけ』『人殺し』『責任取れ』など、心無い言葉が書かれた張り紙が貼られていた。


「『お前達が引っ越してきたから祟りが起きたんだ』って、嫌がらせをするんです。家族の為を思ってこの家を買ったのに、こんな事になるなんて……」


「どうか気を落とさないでください。必ず、あたし達が大野さんの誤解を解いてみせます」


「そのためにも家の中を見させてもらいます。ですが、どうやら大野さんは安全の為に、ホテルに戻っていただいた方が良さそうですね」


 四辻が家の周りの村人達を一瞥すると、大野は頷いた。


「中にはまだ家具が残ってますが、好きに調べてください」


 大野は二人に鍵を渡すと、逃げるように車に向かった。


 その彼の足元に、突然何かが落ちて転がった。


 ——石だ。


 隣を見れば、何かを投げる素振をした高齢の男性がいた。

 彼はまた石を拾い上げると、今度は逢を睨み付けた——が、


「こんばんは。で調査に来ました。中島さんと田原さんにも、この家を調べる許可をいただいております」


 逢が国家権力を盾にしたので、男性は舌打ちすると、石を捨てて足早に帰っていった。その様子を見て、他の村人も去っていく。


「効果は抜群だね。おかげで捜査しやすくなったけど、できれば話を聞きたかったな~」


 ぼやく四辻の隣で、逢は恰幅の良い女性と、ほっそりとした女性が、道の端からこちらを見てひそひそ話しをしているのに気付いた。


「必殺技の出番ですよ」

 逢が四辻の袖を引っ張ると、意図を察した四辻はコクリと頷いた。そして——。


 四辻が必殺技スマイルを向けると、瞬く間に女性達から敵意が消えた。




 事情聴取を終えた頃には、女性二人を残して村人達の姿は見えなくなっていた。


 四辻は二人に手を振って別れると、黄色い声援をバックに「実りある会話だった」と満足そうな笑みを浮かべた。


「まさかこんな簡単に話してくれるなんてね。僕ってそんなにイケメン?」


「手慣れてるんですね」

 四辻に向けられた逢の視線は、なぜかジトッとして冷たかった。


「あれ? 指示したのは君だよね!?」

「さ、早く行きましょう。玄関の鍵、さっき大野さんから受け取ってましたよね」

「待って逢さん」



 大野は引っ越した時にリフォームをしたらしく、玄関のドアと照明は洋風だった。もし一家が何事も無くここに住んでいたら、やがて建物全体が洋風になっていたのかなと、逢は思った。


 ドアには容赦なく落書きや張り紙がされていたが、その中に、見覚えのある札が何枚か貼られているのに気が付いた。


「これ四辻さんのおふだじゃないですか?」

「支部の人達に依頼して、家の窓や出入り口に外から札を貼って結界を作ってもらったんだ」


「内側から貼らせなかったのは、襲われるリスクを減らす為ですね」


 霊は天井裏に隠れている。室内にいれば、襲われる可能性が高い。


「もしトミコさんが問題の霊なら、彼女はこの場所と深く結びついているはずだ。その証拠を探そう。あわよくば、遺体を盗んだ理由も分かるといいんだけど……」


「この家の周りにだけ遺体を降らせる理由も分かるといいですね。やっぱり村の人達が恐れている、トミコさんの呪いが関係しているんでしょうか? それとも、これ自体が呪いの儀式で、トミコさんはもっと恐ろしい災いを起こそうとしているとか」


「ん、呪い? 村人が勝手に信じてるだけだよ」

「え!?」


「いや、天井下り事象を起こした犯人が本当にトミコさんだったなら、彼女の犯行を呪いと言うべきなのかな? でもね、これが儀式じゃないのは確かだよ。さっき僕が呪いって言ったのは、確かめたいことがあったからだ」


「何ですか、それは?」


「トミコさんの死と、この村の因習が本当に関係あるのかどうか」


 四辻は端末を操作して、メールを確認したあと、首を横に振った。


「中島さん達の反応を見て、呪いを怖がる理由も、自殺の理由も、この村に残る風習が関係していると確信した。でもその内容は、フィルターが解除されたら話そう」


「箱上さんは、どうしてフィルターを解除してくれないんでしょう」

「内容がかなり凄惨だからかな……」

 四辻は目を逸らしたが、四辻と箱上の会話内容を知らない逢にはその理由が分からなかった。 


「この家の周りにだけ遺体を降らせる理由って、何だと思います? 近くにはおみとしさまの目があります。怪異が橋爪さんに足立さんの遺体をバラバラにさせた時と同じで、穢れを撒くのが目的でしょうか?」


「そうだね……穢れを撒いて、おみとしさまを零落させたいのかもしれない。でも、まだ断言できない。トミコさんが本当に天井下がりの霊なのかも、怪しいところだし」


「そこはあたしも疑問に思っていました。田畑さんは山の中でトミコさんを見たと断言しています。それにあたし達も、保護施設でトミコさんを見ました。これは、顔を見られたくない天井下り事象の霊の特徴に一致しませんね」


「トミコさんは職員達を部屋に閉じ込めたり、柳田支部長の首を絞めたりしていた。落下物を降らせるだけの天井下り事象の霊と比べて、自己主張が激し過ぎる。彼女の犯行だと決めつけるのは危険だね」


「でも状況的に一番怪しいのは彼女です。なので、こういうのはどうでしょう?」


 そう前置きして、逢は仮説を披露した。


「天井下り事象の霊は、かなり長い間この村に潜伏しているようです。短期間ここにいた足立さんでさえ、穢れの影響で同僚を異界に連れ去るような大足の怪異に変じました。トミコさんにも同じような悪性変化が起こっていてもおかしくはありません」


 四辻は目を閉じて考えを巡らせた。


(天井下り事象の霊と特徴が一致しない理由。トミコさんが穢れの影響を受けていたためだとすれば、一応筋は通る。

 戦争中に機関の研究者達は、兵器開発の為村人でおみとしさまの能力を試す実験を行った。トミコさんを通して、悪霊になった村人達が職員を閉じ込めて、あの頃の状況を再現する事で機関に復讐しようとしたのかもしれない)


「どうですか、四辻さん?」


「トミコさんが保護施設内で職員を襲ったのが、穢れによる影響だったとしたら、一応筋は通るかもしれない。彼女を容疑者から外すのは、家の中を調べてからにしよう」


「もし本当にトミコさんが天井下り事象の霊なら、この家のどこかを異界に繋げて、遺体を隠していたのかもしれません。そこに行けたら、何か分かるかもしれませんよ」


「遺体を異界に隠した?」

 下を向いていた四辻の目が、まっすぐに逢を捉えた。


「だって、遺体は亡くなってすぐの状態で発見されました。それは時間の流れが違う異界に置かれていたせいだって、四辻さん、さっき言ってたじゃないですか。きっとこの家のどこかに異界への入り口があるんですよ」


 四辻は何かを考え込むように虚空を見つめたが、少しして考えがまとまったのか、庭の方へ歩き出した。


「やっぱり君の発想力は凄いね」

「え? もしかして、何か分かったんですか?」


「先に庭を調べよう。結界にほころびがないかも見ておきたいし」

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