禍害降る家
田原の証言
【逢の捜査ノート】
〈天井下り事象についての仮説〉
・事象の原因は村の中で生まれた怪異——村人の霊——の可能性が高い。
・遺体は大野家を中心に降らされている。
この家の前の住人、池柁トミコさんは、おそらくボイスレコーダーに記録されていた女性で、田畑さんを使って地下施設で騒動を起こしたトミコさんと同一人物だと考えられる。
村人が恐れる彼女の呪いとは、天井下り事象のことだった?
〈疑問点〉
・トミコさんの死には、この村の因習が関わっているようだけど、この村に住んでいる警官、中島さんは知らないと証言している。田原さんにも話を聞いてみたい。
・トミコさんが犯人だとすれば、天井下りの霊と特徴が一致しない部分があるけれど、穢れによる変化が関係してる?
・天井下りの霊はどうやって遺体を盗んで、どうやって運んでいるんだろう?
みとし山で足立さんの霊が自分の遺体を橋爪さんに運ばせたときは、足立さんの霊が橋爪さんに取り憑いて遺体を引き摺った。引き摺った痕跡も残っていたから、霊感がない人間にもその時の姿は見えた可能性がある。
もし天井下りの霊が村人に取り憑いて遺体を運ばせたなら、目撃者が全くいないのはおかしい気がする。
・怪異の目的は遺体を盗むことだった? 天井から落としたのは、人間の恐れを集め、食料にするため。その他にも何か理由がありそう。四辻さんは【遺体と怪異の関係】について仮説を立てていた。詳細は次ページに記載した。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
【10月16日 みとし村】
中島は遺体を町に運んでいった。遺体は町で機関に引き渡され、検死が進められることになっている。
祖母を気にかけ帰ろうとする田原を、四辻は思い出したように呼び止めた。
「田原さん、ちょっとだけよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
田原は既に一度四辻への挨拶を済ませ、逢と大野にも声をかけようとしていたところだった。
「本当にすみません。もう何点か確認することがありました」
「わかりました。何でも聞いてください」
「まず、消えた遺体は、全員発見されていますか?」
「報告漏れの心配でしょうか? 今日発見した田畑さんも含め、消えた村人6人とそちらの捜査官1人……間違いなく、7人全員発見されています」
「では、事象が始まる前から行方不明になっている人はいませんか?」
「え? えっと……いないと思います。捜索願は出されていなかったと思うので。どうしてそんなこと聞くんです?」
「すみませんね。報告書の作成に必要なんです。ちなみに、独居していて、最近見かけない方は?」
「いないと思います。最近は俺と中島さんで、毎日村人全員の顔を見るようにしているので」
「ありがとうございます。呼び止めてしまって、申し訳ありませんでした」
「いえ、とんでもないです。……あ、そうだ」
大野が逢と話していて、こっちを見ていない事を確認すると、田原は声を潜めた。
「大野さんは知らなかったと思いますが、トミコさんの遺体が発見されたのは、大野さん達が寝室として使っていた部屋です。天井裏からロープを垂らして、首を吊っていたんですよ」
「おや、それはまた……。大野さんには内緒にしてあげたい話ですね」
「中島さんも気にしていました。大野さんはトミコさんが自殺したことも、事象が起こるまで知らなかったみたいですから……。
ご存じかもしれませんが、トミコさんのお兄さんの、池柁恵吾さんと、大野さんは同じ会社に勤めていたらしいんです。家の管理をしたくないから、事情を隠して大野さんに売り払ったって噂ですよ」
「おや。そうなんですか」
「はい。恵吾さんは、もう何年もこっちに帰ってきていません。トミコさんが亡くなった後の家の掃除も、業者に任せていましたし。……近所の方から聞きましたが、ほとんどゴミ屋敷同然で酷かったみたいですよ。
事象が起ったあと、さすがに悪いと思ったのか、家を買い戻すことにしたらしいですけど」
「今回は事が事なので、良心が咎めたのかもしれませんね」
相槌を打ちつつ、四辻は内心情報の信憑性を評価していた。
(大野さんから聞いた話と矛盾はないな)
トミコの遺体が見つかった場所、恵吾と大野の関係と家について、四辻は事前に大野から聞き出していた。田原は気を遣ったようだが、事象が発生した直後に大野夫婦は、恵吾から寝室で不幸があったことを打ち明けられており、酷くショックを受けていた。
「ところで、トミコさんはどうして亡くなったんでしょう?」
「俺も、理由はよく知りません。ゴミ捨てにも出てこない程、ひきこもり気味の女性だったので……。もしかすると、自殺の半年前にお母さんが亡くなっているので、あとを追ってしまったんじゃないでしょうか? 俺があの家について知っているのは、これくらいです」
「そうですか……。話してくださって、ありがとうございます」
「い、いえっ。お礼を言うのは俺の方です。さっきは、本当にありがとうございました。もし助けていただかなかったら、今頃俺はきっと……」
そのとき、田原のポケットでスマホが鳴動した。スマホを取り出した田原は画面を確認して、申し訳なさそうに四辻を見た。
「す、すみません。祖母です。仕事中はなるべくかけてこないように言ってるんですが、俺が言った事をすぐ忘れちゃって……」
そう言いながら、田原は慌てて電話を切った。
「僕に構わず、出てくださって良かったのに」
「いえ、そんなっ。何から何まで、本当にすみません。祖母の電話は、どうせ今回も大したことじゃないと思います。この前なんて、食べたばかりの夕飯の催促をされました。この後直接聞く事にします」
「そうでしたね。では、お気をつけて。お婆様にも、よろしくお伝えください」
田原は四辻に一礼すると、逢と大野にも声をかけて帰っていった。
田原の丸まって小さくなった背中には「本当に申し訳ない」と大きく書かれているようだと、見送った逢は思った。
「大野さん、お待たせしました」
四辻が大野と逢に合流すると、大野は二人を案内する為、自宅に向かって歩き始めた。
その後ろを歩き始めた逢の肩を、四辻は軽く叩いて耳打ちした。
「大野さんの家を捜査している最中、太田捜査官達は怪異に襲撃された」
「はい。そして遺体が落ちてくるのも、今のところあの家の周りだけですね。あの家に何かがあるのは間違いなさそうです。でも、さっきもう一度大野さんと話してみましたが、やっぱり怪異に心当たりはないみたいでした」
「田原さんから聞いた話は、大野さんが知っている内容とほとんど同じだった。内容は矛盾しないけど、田原さんも中島さんも、肝心な事を隠しているような気がするよ」
「二人は警察官ですが、みとし村の村民です。何か後ろめたい事を隠しているのかもしれませんね……」
突然、視線を前に向けた四辻が口を閉じて姿勢を正した。
逢もつられて前を向く。
「え……何ですか、あれ?」
大野家は、いくつもの人影に取り囲まれていた。
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