怪異の正体の仮説

【逢の捜査ノート】

 ・怪異は異界から現れ、取り憑いた生き物の願望を叶える為に事象を起こす。

 天井下り事象の怪異を招いた何者かは、5人の遺体を盗みたいと強く願っていた? 

 理由はさっぱりわからない……。盗むのには成功したみたいだけど、そのあと天井から降らされちゃってるし。


 ・おみとしさまは、村に怪異が入り込むことを許さない。それなのに、どうして天井下り事象の怪異は入って来られたんだろう。


 ♢♢♢♢♢♢♢♢



 皆の注目が集まる中、四辻は仮説を披露した。


「遺体が盗まれたのはひと月前。この怪異が村に現れたのも、おそらくはその頃。しかし、おみとしさまは縄張り意識が強く、外から入り込む怪異を許さない。つまり怪異は村の外から来たのではなく――村の中で生まれたんだ」


 中島と田原が息を呑む中、逢は納得したように手を叩いた。


「村の中で生まれたなら、村の境界を見張っている目には気付かれませんね。あとは、辻にある目を警戒すれば、おみとしさまに見つからずに済むかもしれません」


「あの」大野がおそるおそる口を開いた。「生まれたって、一体どんな化物が」


「厄介な相手ですよ。時には邪神のごとく恐れられ、時には善神として崇められる、恐るべき怪異です」


「だから、何なんです? それは」


「霊ですよ。この事象の原因は、【霊】です。生き物が死ぬ瞬間に強い感情を抱けば、霊という怪異が生まれます。そして霊が最初に取り憑く先は、決まって自分自身。霊は、自分自身の願いを叶える為に事象を起こすのです」


「霊?」

「霊は、生き物なのか?」


「気を取り込まなければ消滅するので、生き物と同じです」


 当然のように断言されると、誰も反論できなかった。


「この際もうなんでもいい。早く退治なりなんなりしてくれんか?」


 中島がぼやくと、四辻は困ったように笑った。


「それができれば簡単なんですけどね。すぐには無理です」

「……は?」

 四辻は笑ったが、中島をはじめとする一般人の表情は凍り付き、逢は両手で顔を覆った。


「退治、できない?」

「捜査官は、怪異を一時的に追い払う技術は持ってはいますが、退治する技術は持ち合わせていません」


「なんだと!? じゃあ、原因が分かったとしても、どうにもできないじゃないか!」


「ええ。捜査官には、できませんよ」


 含みを持たせた言い方に中島は食いついた。


「何か考えがあるのか?」

「はい。怪異を退治する切り札があるんです。しかし、切り札は条件が揃わないと使えません」


「条件?」


「怪異の正体を暴かないと、機関の祭神は切り札を使わせてくれないんです。そういう約束なので」


「なら、解決したろ? 事象を起こしているのは、霊だって分かったんだから」


「すみません、補足をさせてください」


 逢が申し訳なさそうに間に割って入った。


「怪異の種類は霊と断定できましたが、それが人間なのかも、動物なのかも、まだ分かりません。捜査を進めて、何が化けて出たのかも明らかにしないと、お祓いできないんです」


 みるみる沈み込んでいく中島の顔を見て、逢は胃が痛くなった。


「でも、おみとしさまを相手にするよりは楽な気がしてきた」


「そうでもありません。むしろ、相手が霊というのは、この土地ではかなり厄介ですよ。おみとしさまがその例です」


「どういう意味だ?」


「みとし村では、お葬式の時に、石を辻や村の境に置くそうですね」


「ああ。おみとしさまがあの世へ導いてくださるって言い伝えだ。中には、おみとしさまとしてこの村を見守る魂も——」


 そこまで言いかけて、中島は「あっ」と、言葉を止めた。


「おみとしさまは、祖霊崇拝により生み出された村人の霊の集合体です。しかし神にまでなれたのは、この村を守りたいという村人達の願いがあったからです。


 だから、おみとしさまはここを自分の縄張りにして、怪異が村に入り込まないように見張っているんです。そうして生きている村人から村の神としての信仰を集め、糧としているんですよ」


 視線を感じ、中島は近くに見える辻の方へ目を向けた。しかし、そこには石が置かれているだけで、何も見えなかった。


「あっ」


 ノートを読み返していた逢が、地図を広げた。


「四辻さん、正面衝突の事故現場は辻です。遺体を盗んだ怪異の犯行を、おみとしさまは見ていたはずですよね? どうして、それが怪異だって気が付かなかったんでしょう……」 

 

 みとし村 大野家周辺②

 https://kakuyomu.jp/users/nihatiroku/news/16818093091455410534

 

「なぜ、おみとしさまは気付かないのか。もし、怪異の正体が村人の霊なのだとすれば、それも説明が付く。おみとしさまは、複数の霊の集合体で、人格は統合されていない。おそらく辻に現れた霊を、自分の体の一部だと思い込んでいたんだ。


 みとし山中遺体遺棄事件が、この仮説を証明してくれた。おみとしさまは、村人や元村人の霊を攻撃できない。自分の一部だと思ってしまったから、おみとしさまは元村人の足立さんの霊を攻撃しなかったんだよ」


 そしてこの仮説を元にした対策——四辻、逢、中山の住所をみとし村に移して村人になりすます——は、効果を発揮し、おみとしさまの認識を狂わせるのに成功していた。


「それなら遺体を盗んだのが、どの霊だったのかを聞いてみましょう!」


「残念だけど、それは無理だよ。おみとしさまは、村を守るという目的のみで結び付いている霊の塊なんだ。人格はバラバラで、普段は言うこと成す事支離滅裂。とても複雑な質問には答えられない。 『はい』か『いいえ』なら、辛うじて答えられるかもしれないけど……」


「まるでウミガメのスープですね。質問を続ければ犯人に辿り着けるかもしれませんよ」


 ウミガメのスープ(水平思考クイズ)——質問を繰り返す事で出題された謎の物語の真相を推理するゲーム。ただし、質問に対して、出題者は「はい」「いいえ」「わかりません」しか答えない。


「たぶん、一回しか答えてくれないだろうね。僕と、僕を連れてきた君を、目の敵にしているから。だから質問するにしても、何を聞くかよく吟味しないと……。それに質問するなら、もっとうってつけの相手が目の前にいるじゃないか」


 四辻が逢から中島に視線を戻したので、中島は思わず身構えた。


「何だ?」


「捜査官のタブレットが現場から消えていました。もしこれを持ち去ったのが霊なら、霊はタブレットを認識していたということになります。ただ暴れているのではなく、捜査を妨害する意図があるということです。


 もしかすると、大野家の周りで遺体を降らせているのは、村人を恐怖させる為だけではなく、何か別の目的もあるのかもしれません」


「別の目的? まさか……」

「呪い——だったらどうします?」


 中島の顔が僅かに強張った。


「……ですが、はっきりとした目的が分からない今は、霊と大野家には何か強い縁があり、霊があの家を巣にしていると考えた方が自然です。


 さらに霊は天井に隠れ、一度も姿を現していません。霊が天井と結び付いた理由があるのかもしれませんが、落下物を降らせるというやや不確かな方法で捜査員を殺そうとするあたり、絶対に姿を晒したくない事情があるのでしょう。


 たとえば――顔を見られたら、一目で正体がバレてしまうと考えている――とか」


 四辻の推理を聞いた逢は違和感を感じて首を傾げたが、四辻の視線を受け、口を閉じていることにした。


 また中島が口を開いた。


「言い方が回りくどい。いったい何を聞きたいんだ?」


「つい最近、佐藤千代子さんの前に、亡くなった人がいませんでしたか? その人は、大野さんの家に、深く関わっていたはずです」


 田原と中島が息を呑むなか、大野は「やっぱり」と、納得するように呟いた。

 

 中島は、半ば睨むような目を四辻に向けた。


「本っ当に、回りくどい聞き方をする奴だな」

「何か反応をいただけると思いまして」


「揺さぶりをかけたのか……。だが、俺達が知っているのはだけだぞ」

「ええ。ぜひ、教えてください」


 中島は深い溜息を吐き、大野を一瞥してから、視線を四辻に戻した。


「……半年前に、池柁いけだトミコという女性が自殺している。知っていると思うが、大野さん達が引っ越して来る前、あの家に住んでいた女性だ。だが、死んだ理由は知らん」


「そうですか」


 四辻は視線を田原に向けた。田原は一瞬ためらう様な表情を浮かべたが、中島の視線を受けて口を閉じた。


「……お二人共、知りませんか。それはまた、この村じゃとても不思議なことですね」


 四辻は琥珀色の目を光らせ、うっすらと笑みを浮かべた。

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