到着と合流

 しばらく山道を登り続けると、木々が開け、道の周りに田畑が現れるようになった。

 細い分かれ道も現れ始め、道に沿うようにしてポツポツと家が建てられている。


 現場は田んぼに囲まれたような家だった。

 隣家はなく、一番近い家は村道を挟んだところに建てられている大野家だ。


 車が止まると、逢はまだ目を閉じたままの四辻をゆさゆさ揺すった。


「着きましたよ」


 しかし、四辻は起きない。


「すみませんが、四辻さんをお願いします」


 中山が頷いたのを確認すると、一人で車を降りた。


 一度振り返り「なるべく早く戻りますから、待っててくださいね……」と呟いて、連絡をくれた警察官との合流を急ぐ。


 すでに夕闇が立ち込めて辺りは薄暗い。問題の家は、電柱に付いた街灯に照らされてぼんやりとだけ見えた。

 それは一見、何の変哲もない平屋のようだった。しかし、木の塀で囲まれた家の入り口には、立ち入り禁止のテープが貼られていた。


 そのテープの前に、大野ともう二人、白髪混じりの男と、青年が立っていた。服装から、この二人が事象の処理を任されている警察官だとすぐに分かった。


「お待たせしました。照魔機関 未特定怪異特別捜査課所属の捜査官の日暮ひぐらしあいです」


「ああ。あんたが……。俺は中島なかじま昭一しょういち。この若いのは田原たはら稲男いなおだ」


 白髪混じりの男、中島が紹介すると、青年、田原は軽く会釈した。

 

「それにしても、新しい捜査官が、こんなに若くて可愛いお嬢さんだとは思わなんだ。……で、もう一人はどこだ。照魔機関の捜査官は、二人一組だったはずだが」


「すみません。もう一人は電話対応をしておりまして、しばらくは、あたし一人で現場を見させていただきます」


 無論、嘘だ。このタイミングで失神しているなどと言えば、相手に不信感を与えかねない。


「電話対応?」

 中島は嫌味ったらしく溜息を吐いた。

「さすが腕利きの捜査官はお忙しいな。だがこの中に入るよりは、ずっと安全な仕事だ。お嬢さんは貧乏くじを引いたな。ここから最寄りの病院まで四十分はかかる」


 逢はヘルメットを見せると、不敵に笑った。


「ご心配には及びません。怪異の捜査方法は体で覚えました。ついでに言わせていただくと、確かに彼は奇行が多いですが、事象の解決率で彼の右に出る者は誰もいません。彼は、あたしの師匠です」


「……まあいい。お前達に協力するよう、上から言われているから邪魔はしねぇ。だからお前達も、俺達の邪魔をするなよ」


 向けられる視線には、分かり易く棘がある。信用されてはいないのだ。


 無理もないな、と逢は思った。

 照魔機関の存在は世間に伏せられている。協力関係にあるはずの警察にさえ、事象に関わった場合を除いて、機関の活動内容は公開されていない。


 その時——。


「中島さん!」

 と、田原が中島を睨んだ。

「照魔機関を敵に回すの、俺は嫌ですからね」


 冷や汗をだらだら流しながら抗議する田原の顔を見て、中島は呆れたように溜息を吐いた。


「中島さんが失礼な事を言ってごめんなさい。俺は日暮さん達のこと、信じてますよ。なので、もし中で何かあったら、絶対助けてくださいね! お願いします!」


 頭を振り下ろす様な勢いで下げた田原に、逢は、


「……できる限りのことはします」


 と、応えたものの、内心冷や汗を流していた。逢にできる事と言えば、落下物に注意して歩く事くらいだったからだ。


「大野さん。ここまでありがとうございました。お話の続きは、また後日にしましょうか」


「いえ、ここで待ちます。一刻も早く、この怪奇現象を解決して欲しいですから」


 事象が起きてから、大野の家族は妻の実家に避難していた。しかし、彼は機関に捜査協力を要請されたため、町のホテルに滞在していた。精神的な疲れが、目の下にクマとなって現れていた。

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