捜査開始
みとし村へ
【10月16日 16時24分 天井下り事象 発生】
先程まで逢と四辻は、最初に事象を目撃した被害者、
「おみとしさまは、村の中に怪異が入り込むのを嫌うんですよね? だから怪異と、怪異を持ち込んだ人間を祟ると聞きます。あたし達、本当に村に入って大丈夫でしょうか?」
「分からない」
四辻は札を車内に貼りながら返事をした。
「隠れても無駄だろうから、札を貼って結界を作った。でも、おみとしさまの眼力の前じゃ大して役に立たない」
逢は運転席に目をやった。
顔面蒼白の運転手、中山は冷汗を流しながらハンドルを握りしめている。
四辻達は中山に、近くまで送って欲しいとお願いしたものの、危険だから村には入らないようにと伝えた。
だけど中山は納得しなかった。理由を聞けば、
「事象を担当していた捜査官は、ずっとみとし村と向き合ってきました。役職は違いますが、自分もそのつもりです」
と真剣な表情で答えた。
逢は視線を中山から四辻に戻した。
「四辻さん。支部の皆さんは、自分の責務を全うしようとしています。あたし達がどんなに【おみとしさま】と相性が悪くても、捜査権がクワバラに移ったからには、何が何でも解決しましょう」
そう言って、逢はバッグからバールのような物を取り出した。
「あたしが神の目を壊しておみとし様の注意を引くので、その隙に中へ入れませんか?」
「えっそうなるの!?」
四辻は「その勇気は頼もしいけど、余計怒らせてしまうよ」と説得して、そっと凶器をバッグの中に押し戻した。
「おみとしさまの対策は、結界の他にも準備してきたんだ。どれくらい効果があるかは分からないけど、村の境界を突破するくらいならできると思う。だから気にせず、今は情報の整理を続けよう」
とは言ったものの、四辻は逢にどの程度みとし村の事を伝えて良いか迷っていた。
差し替えた資料の件を問い質したところ、柳田は意外なほどすんなりと全て白状した。
見鏡様の予言通りに事が進んだだけです、と目をキラキラ輝かせる狂信者を目の当たりにして、四辻は頭痛を感じた。
しかし柳田の証言により、四辻は自分の推理が当たっていると確信した。
今はまだ逢は思い出していないが、過去にみとし村と因縁があった逢が、因習やおみとしさまに触れ続ける事で神威兵の研究を思い出してしまうんじゃないかと不安になった。
そのため四辻は、捜査権が与えられるまでの間に改めて箱上と相談し、逢にどの程度の情報を与えて良いか解析をしてもらっていた。
全く教えないのも危険だが、解析結果が出るまでは、できるだけ内容を伏せた状態で捜査を行いたかった。
少しして、遺体が降った家を地図に書き込んでいた逢があることに気付いた。
「四辻さん、これを見てください」
みとし村 大野家周辺
https://kakuyomu.jp/users/nihatiroku/news/16818093091264416415
「事象は最初に遺体が降った大野家を中心にして起こっているようです。原因はこの家にあるんじゃないでしょうか? 遺体の回収は警察に任せて、あたし達は大野さんのお宅を捜査しませんか?」
四辻は目を細めた。
「確かに、これだけ見ればこの家に問題があるように見える。でも、このまま現場に直行しよう」
「……現場は電気も付かない空き家です。暗い中でぶら下がる遺体を見に行くのは、あまり賛成できません」
「太田捜査官達を襲った怪異が出て来る可能性はある。だけど僕は、一度この怪異の能力をこの目で見ておきたい。それから今のところこの事象を目撃した人間に、精神的ショック以外の症状は現われていないから、錯乱の心配はないと思う」
「それは、そうなんですけど……遺体ですよ? もし床に体液が零れていて、気付かずに踏んで滑って転んで全身汚染したら大変です! 足元には十分注意しましょう。感染症は怖いですから!」
「あ、そっちの心配か」
四辻と逢にはサンの再生能力が備わっていたが、四辻は照魔鏡による封印で、逢はイレイザーの影響もあり、二人とも今は能力を使えない。
普通の人間と変わらない為、感染症を警戒するのは間違いじゃないのだが、四辻は落下物の方を警戒していた。
「用心するに越したことはないけど、注意すべきは下より上だよ。落下物に気を付けないと、最悪即死するから気を付けようね」
「……はい。事象を解決して、太田捜査官と加藤捜査官の仇討ちをしましょう」
「うん。太田捜査官は真相に近付いていた。亡くなったのは、とても残念だよ。無念だったろうね……」
「そういえば昨日、太田捜査官と何を話していたんです? 田畑さんが恐れていたトミコさんの呪いについて、何かわかったんじゃないですか?」
村の境界でトミコに襲われ、保護施設に連れてこられた村人の田畑は、トミコが村を呪ったと言っていた。
「トミコさんが、この天井下り事象を引き起こした怪異なんでしょうか?」
「それは——」
言いかけて、四辻は前を向いた。
表情は強張っており、まるで何かを警戒しているようだった。
逢もフロントガラスに目を向けた。
数メートル離れたところで、道が三本に分かれているのが見える。二本は隣の町に抜けていく道で、もう一本は、みとし村に向かう道らしい。その道の端に、しめ縄が飾られた石が台座に据えられているのが見えた。
村の境界に置かれた、神の目だ。
「クソッ気付かれた」
「え?」
四辻は両手で逢の肩を掴むと、真剣な眼差しで懇願した。
「少し席を外すけど、僕が戻るまで村を探らないように。でも、もし家の中に入らなきゃいけなくなったら、落下物に気を付けて」
現場への案内を買って出た大野茂の車を追って、二人を乗せた車が村への道を進んだ。その時、四辻の体がガクンと倒れた。
逢は咄嗟に、四辻の上半身を受け止めた。
「四辻さん?」
抱きかかえたまま体を軽く揺すっても、返事はない。四辻は目を閉じて完全に脱力していた。
(おみとしさまの祟り? でも、四辻さんは対策してきたって言ってた。あたしと中山さんが何ともないのは、たぶんその対策のおかげ。それなのにどうして、四辻さんだけ……)
「四辻さん、四辻さん!」
逢は自分の声が震えているのに気付いた。
祟られたら、保護された村人達と同じように錯乱して、最悪死に至る。
心の中がざわついていく。
しかし——。
(錯乱?)
逢は四辻から手を離し、様子を窺った。脱力した四辻には、記録で見た村人のような症状は見られない。
「四辻さんは大丈夫。どういうことか分からないけど、『少し席を外す』だけ。失神してるだけ!」
自分に言い聞かせようとした。だが、万が一四辻がおみとしさまの祟りの影響を受けているなら、できるだけ早く村を離れた方がいいだろうとも思った。
(四辻さんは、村を探らないでって言ってた……でも)
逢は自分の両頬を叩いて気合を入れた。
「大丈夫。怪異の攻撃手段は落下物だって分かってるんだから。それさえ注意すれば、あたしでもギリギリ対処できるはず! 早く解決して、四辻さんを村から出してあげなきゃ!」
天井下り——天井から落ちてくる怪異。
天井下り事象——家の天井から村人の遺体がぶら下がり、落ちてくる事象。遺体がぶら下がる様子が天井下りに似ている為、この名前が付けられた。
その他、この事象では捜査官を死傷させる落下物が確認された。
古くから人間は、原因の分からない現象を妖怪のせいにして、無理やり納得しようとする癖がある。その方法は、特に生命の危機に関わる場面で正気を保つのに有効だ。妖怪を追い払えば、その事象に巻き込まれないと信じられるのだから。
本当にそれで逃れられるかどうかは別として——。
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