加藤のボイスレコーダーにあった記録

【日暮逢の捜査ノート】

 10月16日 捜査開始

〈目的〉

 みとし村で発生中の、天井下り事象の原因を特定し、対処する。



〈加藤捜査官について〉

 ようやく面会の許可が下りたけど、加藤捜査官はまた気を失ってしまっていた。


 でも、サイドテーブルには彼のメモと一緒に、が置かれていた。彼は常に内ポケットに隠したボイスレコーダーで、太田捜査官と被害者、村人の会話を録音していたようだ。

 メモには「必ず原因を突き止めて、太田先輩の仇を討ってください」と書かれていた。捜査に関われない彼は無念だろう。胸が苦しくなる……。



〈加藤捜査官のボイスレコーダーから分かった事〉

 ・大野一家は村人から嫌われていた。祟りの原因とも噂されている。理由は、村人が、おみとしさまは村の外から来るものを嫌うと信じているため。


 ・『おみとしさまが村人を祟るもんか! 池柁■■■←(雑音が酷くてうまく聞き取れない)の呪いに決まってる! お前達の所為だ!』

 一部の村人が、特定の村人達に暴言を吐いていた。


 ・不可解な事に、加藤捜査官のタブレットは、どこにも見当たらなかった。太田捜査官の所持品もいくつか消えているらしい。


 四辻さんは、タブレットは持ち去られたと予想。二人が襲われたことといい、事象の原因は、捜査官を敵と認識しているようだ。人間と同じくらいか、それ以上の知性を持っている可能性がある。



 以下は、太田捜査官が、被害者の大野春子さん(大野茂さんの妻)に事情聴取を行った際の音声記録。必要になりそうな部分のみ文字起こしした。


「」は太田捜査官。


 ———————


 何も知りません。放っておいてください!


(太田捜査官の説得:現時点で事象が目撃者にどの程度の影響を与えるか不明であり、放置すると危険が及ぶ可能性があることを伝え、事象の早期解決の為に、目撃者の協力が必要であることを説明。納得していただけた様子。)


 あの……。やっぱりあれは、人間(の仕業)じゃないんですね? 


 忘れられそうにないです……あれのこと……あああ。


 ああああ! だから、私はあんな辺鄙な所に引っ越すのは反対だったのに! うちの旦那はいつも私の意見を無視するんです!『自然の中で子育てしたい』って、旦那の言い分は分からないでもないですよ。でも、私はあの家が好きではなかったんです!


「『好きではない』というのは? あの家にいると気分が悪くなるとか、小さな異変に気付いたとか」


 だって、あの家であんな事があったなんて、私達知らなかったんです! 旦那はあの人に家を押し付けられたんです!


 そうじゃなくても、場所が不便で……。人間関係も疲れるから嫌なんです!


 ……まぁ、最初のうちはよかったですよ。

 景色も水も空気も綺麗だし。子供達は広い庭で遊べたし、良いところに来たって思いました。


 でも、はじめの内だけです。


 だんだん、耐えられなくなりました……。


 家の近くにスーパーやコンビニが無いのが、こんなに辛い事かと思いました。

 私は免許証を持ってないので、買い物は極力、旦那がいる休日にすませていました。でも、どうしてもっていうときは、バスで麓の町までいかないといけませんでした。利用者が少ないせいか、本数が少なくて……本当に不便でした。


 近所の人達も……。『何か困ってないか。変わった事はないか?』って聞いてくれて、最初はいい人達だなって思ったんです。色々相談させてもらったりもしました。


 でも、頻繁に訪ねて来られて……。面倒になったから、居留守を使ったことがあったんです。そしたら、その人は庭に回って、窓から家の中を覗いたんです……。監視されているような気分になりました。


 ……あの村、何かおかしいんです。


 ある時何かの拍子に、隣の家のおばさんに、私の趣味がネイルアートだって話したら、その日の夕方には村中の人に知れ渡っていたんです。


 会ったことがない人にまで、『本当に綺麗な爪ね。でも、それで畑仕事できる?』とか『見ておばさんのこの手、土いじりして真っ黒。あなたの手が綺麗で羨ましいわ』って、嫌味っぽいことを言われて……。


 それで分かったんです。あの人達、私達家族を心配してくれていたんじゃなくて、笑う為に来ていたんだって。今まで相談した内容、子供のこととかも全部、村中に広められていました。中には、身に覚えのない悪質な作り話まであって……。


 気にしないように、無視しようとはしたんです。でも、子供や旦那が、私を変な目で見るようになりました。

 どうしたの? って聞いたんです。そしたら、近所の人にその悪質な作り話を吹き込まれていました。


 誤解を解くのにも時間がかかりました。私、あまり人付き合いが好きじゃないのに。そんなことが続いたせいで、ストレスで体調が崩れました。


 そこでさらに、心配事が増えて……。


「心配事?」


 うちの子、きっと異変に気付いていたんです。


「お子さんが、ですか?」


 はい。うちの子は男の子の三兄弟なんですが、最近になって一番下の子が、子供部屋の天井を見上げて笑っていたんです。機嫌よくしているのはありがたいんですが……。


 気になって、聞いてみたんです。でも天井を指差すだけで、何を見て笑っていたのかまでは教えてくれませんでした。まだ上手く話せないし、静かな子なので……。


 旦那は、『天井の木目が動物みたいに見えるからじゃないか』って言ってました。言われてみると、確かに猫か犬のように見えたんですよ。それですっかり安心して、子供って、よく分からない笑いのツボがあるねって、旦那と笑いました。


 でも、その夜……長男と次男の叫び声で目が覚めました。


 不思議と天井の事が頭をよぎりました。二人が寝ていた場所は、子供部屋だったからです。


 真っ先に旦那が飛び起きて、子供部屋に走って行きました。

 私はぐずり始めた下の子を抱いて、寝室や廊下の電気を付けながら子供部屋に向かいました。


 先に行った旦那が子供達をあやしてくれてると思っていました。でも旦那は、子供部屋の入り口で立ち止まっていたんです。


 何か嫌な予感がして、何があったの? って、呼びかけてみました。でも反応がなかったんです。


 旦那の背中越しに部屋の中を見ました。

 オレンジ色の薄暗い部屋の中で、子供達を見つけました。


 二人とも布団の上に倒れていました。

 慌てて部屋に入ろうとして、そこでやっと……天井からぶら下がった、大きな影に気付きました。


 咄嗟に部屋の灯りを付けました。

 今思えば、どうして灯りなんか付けちゃったんだろうって、後悔してます……。


 きっと、明かりを付けながら歩いてきた私と違って、暗さに目が慣れていた旦那には見えていたんでしょう——。


 天井から逆さまにぶら下がった、白髪のお婆さんが。


 …………。


 朝になって、村に住んでいた人の死体だって聞きました。何で天井から降ってきたんですか? 


「原因は現在捜査中です」


 ……何で? 何でよ! 気持ち悪い! 私達家族が何したっていうのよ!


「心中お察しします。……ところで、天井からぶら下がったお婆さんは、天井から畳に落ちたと伺いました。落ちた瞬間は見ましたか?」


 見てません! 子供達と寝室にいました。みんな怯えて泣いてたんですよ!


「お婆さんがぶら下がっていた場所に、穴は開いていましたか?」


 分かりません。あれからはあの部屋に入ってません。


「他に気になることや、気付いたことはありますか?」


 しつこいわね。じゃあ、死体がどんな見た目だったか、教えてあげましょうか?


 皺だらけの青白い顔に、紫の唇。開かれた目は瞬き一つしない。やせ細った両腕は、だらんと床の方へ投げ出されて、風も無いのにゆらゆら揺れていたんです。


「……揺れていた?」


 あの光景が……頭から離れないんです……。


 …………。


 もう、いいですよね? できるだけ早く忘れたいんです。 


 あんな恐ろしい事なんて……。


「ご協力ありがとうございました」


 ♢♢♢♢♢♢♢♢



〈捜査資料について〉

 箱上さんが『みとし村事象についての報告』のフィルター解除を渋っている為、捜査資料は見ない方がいいと、四辻さんに止められた。

 代りに四辻さんは、あたしが知っても大丈夫そうなことを要約してくれた。


 ・みとし村に外から怪異が侵入した可能性は低いとされている。


 ・遺体の検死、最初に事象を目撃した大野一家と、特定の人物の背景についての捜査が機関で進められている。


 ・太田捜査官達は、悪霊になったトミコさんを疑っていたみたい。

 やっぱりトミコさんの呪いが、この事件を引き起こしたのかな? でも、彼女はどうやっておみとしさまの目を掻い潜ったんだろう? 四辻さんには何か考えがあるのかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る