第8章 天井下り事象
引継ぎ
序 天井下り事象 初動捜査
「天井」「異界」で、照魔機関データベース内を検索します
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【10月13日 午前2時34分 (四辻と逢が支部に派遣される前日)】
みとし村にて 異常現象発生。
被害者は錯乱状態で通報。
約15分後、警察官2名が到着した。
それを見た警察官達は、困惑した顔を被害者に向けた。
しかし、説明を求めても被害者の大野茂は部屋の隅で震えながら、天井からぶら下がったものを指差すばかりだった。
——ゆらっ ゆらっ ゆらっ
天井からぶら下がっていたのは、痩せこけた老婆だった。焦点の合わない虚ろな目を見開き、両手を投げ出して、頭から膝までを天井から生やすようにして左右に揺れていた。血の気の無い青白い肌や、状況への反応がないことから、彼女が既に死んでいることは明白だった。
「なんでこうなったかわかんないっ。わかんないんですけど、佐藤さんのところのお婆さんですよね? 一か月くらい前から、行方不明だった……」
ようやく口を開いた大野は、警察官に縋り付くような勢いで必死に訴えた。
「おっ俺、引っ越しの挨拶をした時に会ったきりで……そんなに面識ないんです。でも、『よそ者は出てけ』って怒鳴られて……。でも、それだけで、その……化けて出るほど恨まれますか?」
「化けて出るって……そんな馬鹿な」
警察官の中島は、天井から逆さまに生えた老婆を困惑した顔で観察した。
(よくわからんが、このままにしとく訳にもいかんだろ)
中島が近づいた途端——ドサッと、老婆が天井から降ってきた。頭が床にぶつかり、首がおかしな方へ曲がっている。
もう一人の警察官、田原が「ひっ」と短く悲鳴を上げて尻餅をついた。
遺体を一瞥すると、中島はおそるおそる天井に目をやった。
もしかすると穴でも開いているのかと思ったが、そこにはただ何の変哲もない天井があるだけだった。まるで遺体は、天井をすり抜けて落ちてきたかのようだった。
「中島さん、何ですかこれ……?」
か細い声で中島を呼ぶ田原は真っ青だった。目の前のできごとが現実だと、受け入れるのが恐ろしかった。
中島は思わず溜息を漏らした。天井から遺体がぶら下がって落ちる原因なんて、とても思い当たらない。しかし、目撃したからには現実を受け入れ、報告する義務がある。
「事象だな……。ちょっとここ見張ってろ、連絡入れてくる」
「ちょっ どこ行くんですか!」
「今のうちに目ぇ慣らしとけ。これで終わりじゃなさそうだからな……。俺も詳しくは知らんが、照魔機関案件ってのはそういうもんらしい。その遺体、動き出さないか見張ってろよ」
事象が発生した当日のうちに、照魔機関K支部の捜査官2名——太田、加藤が到着。
天井から遺体がぶら下がる様子から、問題の現象を【天井下り事象】と命名。原因について、村の神の祟りも視野に入れ、捜査を開始。
【加藤の捜査ファイル 10月13日】
・この村の人間達はよそ者を毛嫌いしている。理由は、村の神がよそ者を嫌うからだそうだ。村に何回も出入りしている太田先輩は慣れてるみたいだけど、俺は心が折れそう。向けられる視線は冷たいし、話も碌に聞いてもらえない……。
・村に入る前にお祓いは済ませた。それなのに、どうして視線を感じるんだ? 村の神は俺達を見張っているのか?
・村の神、【おみとしさま】の一部として祀られている自然石(神の目)は、機関の記録にあるように、辻と村の境界に置かれている。動かされた形跡はない。外から怪異が侵入した可能性は低そう。
・太田先輩が言うには、神の目は葬式がある度に増やされるそうだ。
・大野一家について、彼らの背景を機関に調査依頼した。
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10月14日
最初に事象が確認された大野家の隣家で、男性の遺体が天井からぶら下がり、落ちた。
この日のうちに、3件の民家で同様の事象が確認される。いずれもひと月前に行方不明になった村人達だった。
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【加藤捜査官の捜査ファイル 10月14日】
・4人の遺体は前日同様に、早急に当機関で検死を進めてもらう。先輩は全員死因が違うかもって言っていた。俺もそう思う。
・怪異は、天井をすり抜ける力を持っているようだ。事象を目撃した警察官は気の毒なくらい怯えていた。俺のじゃ気休めにしかならないだろうけど、護身用に札を渡しておいた。
・
・クワバラの二人に会った。オーラヤバイ! というか、何か色々ヤバイ二人だった!
・明日からは事象が起った家を捜査する。まずは大野家から。
・長期任務になりそうな予感……。でも、終わったら太田先輩の奢りで焼き肉。ボイスレコーダーで言質は取った!
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10月15日
加藤が天井からの落下物にぶつかり救急搬送され、太田が消息を絶つ。
支部長の柳田が本部に報告し、当日の内に怪異の危険度分類の見直しが行われた。現場はみとし村という特殊な環境であり、犠牲者も出たことから、委員会は【天井下り事象】の危険度を引き上げ、加藤捜査官を任務から外した。
10月16日
6度目の事象が大野家で発生(15日の落下物を数に入れれば7度目)。15日に行方不明になった太田が遺体となって発見された。
議論を白熱させていた委員会だったが、未特定怪異特別対策課(通称クワバラ)に捜査権を与え、みとし村へ派遣させる事が決まった。最悪の事態に備え、すぐにでもみとし村解体計画を実行に移せるよう準備が進められる。
負傷した加藤捜査官が意識を取り戻し、支部に応援要請。その際支部長は太田が死亡した事と、危険度が引き上げられ捜査権がクワバラに移った事を伝えた。
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