機関の噓を暴け! 2/2
「証拠はもうないよ。何十年も前の事だからね。でも、遺体は残った。『情報は隠せても、遺体は隠せない』んだよね?」
「そうだけどさ……。いくら戦時中でも、無理だろ。みとし村が空襲を受けた記録はないぜ」
「保護施設」
四辻に言われ、箱上は急いで保護施設の記録を開いた。
「データベース内資料によると、K支部には戦後すぐに建てられた木造の保護施設があった。完成してすぐ、最大二十人収容できた施設は満床とあるな。戦時中に膨れ上がった鬱憤と不安が爆発して、そんなことになったとあるが」
「K支部には、データベースに載せていない記録が保管されていた。昨日保護施設で騒動があってね、その時柳田支部長からこんな事を聞いたよ」
『拘束により危険行動をやめさせるのには成功したものの、感染症や栄養失調、過剰な身体拘束による弊害で全員亡くなってしまった』
「もし、これが改竄された情報で、保護施設は戦前既に完成していて、被検体を隠す為に使われていたのだとしたら? 最大収容人数を大幅に上回る人数がそこに収容されていて、アイのノートにあった通りの事が起こっていたとしたら?」
「……もし俺が隠蔽しろと言われたら、共食いした痕跡を隠す為に、感染症予防を言い訳に使う。病気が広がらないように火葬したと伝えて、遺骨を家族の元に返す。そうすれば、共食いの外傷は隠せる……」
「被検体を集める時も、その言い訳は使えるかもしれない。感染者を隔離する為の施設に連れて行くって伝えれば、納得させられる」
「劣悪な環境で感染症が流行ったのは事実かもしれないが、みとし村で感染症が流行った記録はないぜ」
「機関は戦後実験を隠す為に、村の因習【囲】でおかしくなった人を保護したことにしたかったんだよ。感染症の記載をわざわざするとは思えない。村人に聞けば、はっきりするはずだよ。きっとこれは、K支部の職員達も知らない真相だ」
「生き残った被検体まで、証拠隠滅の為に保護施設内で死なせたって言うのかよ……クソが!」
「これが、見鏡が僕に機関の怪異を平らげさせたかった理由だよ。きっとおみとしさまの他にも、こういう経緯を持つ怪異が沢山いるんだ。そして、記録を差し替えさせた理由。アイの記憶を刺激して、僕にこの事実を気付かせようとしたんだ」
「だけど、あの膨大な記録の中で日暮があの記録をお前よりも先に見て、バレない内に差し替えた資料を元の資料に戻すなんてできるのか?」
「差し替えられたのは『K支部研究部議事録』。アイは自分が元研究部にいた事を覚えていて、これはイレイザーの影響を免れた。全く知らない怪異の情報に触れるなら、身近に感じる項目から確認してみようと思うんじゃないかな」
「日暮を狙ったってことか。じゃあ、タイミングはどうやって知ったんだ?」
「アイに施されている記憶の封印は、照魔鏡によるものだ」
かつて照魔鏡と見鏡は、逢が本当の記憶を少しでも思い出した時と、塗り潰された報告書の中身を完全に思い出した時、記憶を再封印すると約束した。
「照魔鏡は、アイが記録を読んで神威兵の研究を思い出したタイミングで再封印した。照魔鏡の元巫女の見鏡なら、再封印したことを照魔鏡から聞き出せるのかもしれない。そして、見鏡はアイがノートを書く癖を知っている」
「そして、ノートを読んだ四辻が事態に気付く、と。だったら最初からそう言えばいいのにな」
「見鏡と初めて会った時、僕は荒んでいた。見鏡に対しても失礼な態度をとっていた」
「今も敬語じゃないだろ」
「それは彼女が「よして」って言うからだよ。とにかく、自分で言うのも何だけど、あの時の僕に『機関が兵器開発をしていたから平らげてほしいなんて伝えられたら、いつか本当に機関ごと潰していたかもしれない」
「……それは困るな。機関のやったことはクソだが、人を守るのにも機関は存続させるべきだ。誤りだけ正してほしいところだ」
「見鏡もそう考えた。だから、僕の恨みを委員会に向けさせて、うまいこと利用しようとした。今も本当の事を伝えないのは、見鏡が何としても僕に怪異を食わせたいからだ」
「あの婆さん、自分が頼むより日暮を使った方がお前を動かしやすいって学んだんだな」
四辻は反論しようと口を開いたが、何も言えないまま閉じた。何が何でも神威兵を完成させてはいけないという気持ちにさせられたのは、逢のノートを見て、彼女の苦しみを知ったからだ。
事が事だけに、見鏡に命令されても動く自信はあったが、ここまで強い使命を感じていたかは分からない。
(それにしても、どうして彼女はここまで手の組んだことまでして、僕を動かしたがったんだ? 機関の巫女としての、使命感なのか?)
「日暮の頭から虫が消えたら、アホみたいに委員会に従う必要なくなるだろ。寮から離れてデートしてこいよ」
「僕らが逃げたら、君は責任を取らされるんじゃない?」
「それはお前が何とかしてくれるだろ。で、スカイツリーとかどうだ?」
「スカイツリー、か。そういえば、結局東京タワーにも登れてないなぁ」
その時、過去の見鏡とのやり取りが頭を過った。
『東京たわー?』
『世界一の電波塔よ。四年前にできたの』
「東京タワーができたのは、1958年。僕と会ったのが1962年で、二十代前半だったから、見鏡は戦時中の様子を知っていてもおかしくないのか」
「そういや、見鏡様の経歴って伏せられてるよな。噂じゃ、十代の頃に照魔鏡様のお告げで、町で働いてたところを職員に連れてこられたって聞いたけど」
「調べて貰う事はできる?」
「見鏡様の経歴を!? 無茶言うなよ。軽く見積もって半年かかるぜ」
「あ、できるんだ」
「伝手があるからな」
「じゃあ、頼むよ。急がないから」
「事件とは関係ないのかよ?」
「直接的にはね。でも、知って話をしたい。彼女に聞いても、きっと本当の事は教えてくれないからね」
「で、お前らはこれからどうすんだ?」
「今村に入るのは危険だ。アイが不安定だからね……。保護施設は、改修されていたから記憶を思い出す引き金にはならなかった。でも、村には昔と変わらない風景が残っているかもしれない」
「マジか……。じゃあ、現象が収まるまでそっちで待機か」
「大丈夫だよ。天井下り事象はじきに解決する。太田捜査官は、僕が思っていた以上に真実に近づいているようだった。彼が解決したら、間違いなくみとし村解体計画は実行される。そしたら僕はおみとしさまを平らげて、委員会に何て言い訳しようか考えながら帰還するよ」
「わかった。言い訳の方も一緒に考えてやるよ。支部で何も食べられなかったので、むしゃくしゃしてムシャムシャしたってのはどうだ」
箱上の冗談に四辻は笑った。
「ありがとう箱上君。いつも、本当にありがとう」
「よせよ。俺はお前らに借りがあるからな」
そう言って、箱上は懐かしむように「見繕い淵を覚えてるか?」と聞いた。
「覚えてるよ。あの時の君は、まだ子供だったね」
「事故で淵に沈んだ叔父の霊が、俺に憑依してたって聞いた。お前と日暮は、叔父の無念を晴らして、俺を助けてくれたよな。親父も、あの時は落ち込んでたけどさ。今は立ち直って、叔父の墓参りにいけるようになったんだ」
「そっか……。安心したよ。忘れていた方が、幸せだったのかと後悔する事もあったから……」
「四辻、人から怪異にされたお前は、人間を恨む事もあると思う。でも俺は、お前にはヒーローでいて欲しいんだよ。叔父と俺を助けてくれた時のように……」
「……それは、何かちょっと照れるね」
四辻が笑うと、箱上は通話を切った。照れ臭かったらしい。
「ヒーローか……」
四辻は困ったように笑った。
(僕の推理が正しければ、見鏡が僕に守護神になれと言ったのは、僕に復讐の手段を提示する為だ。守護神になった僕が機関を裏切る——それが委員会に打撃を与えて、見鏡達も得をする方法だって、僕を説得した)
(しかし)と四辻は目を閉じて、見鏡の顔を思い浮かべた。
(君、実はそんな事全然考えてなかったんだろ。君は嘘を並べて、荒ぶる神になりかけた僕の心を人に留めた。さすが、機関の主祭神が選んだ巫女だよ)
そう思うと、四辻は苦笑した。
「見鏡。全部終わったら、もう一度話をしよう」
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