機関の噓を暴け! 1/2
「なあ、四辻。もしかして、柳田が編集した動機と、差し替えて乗せられた文書の内容について、何か分かったのか?」
「うん。どちらも、心当たりがある」
四辻の一言に、箱上は少し置いてから「は?」と聞き返した。
「僕らがK支部に派遣されたのは、鏡様が照魔鏡の神託を授かったからだ。今は力を失っても、照魔鏡は怪異の正体を見破る神だ。その神託が、調査官が把握できていないおみとしさまの変化と関係あるんじゃないかという可能性を、無視できなかった。委員会が天井下り事象の捜査権限を与えず待機を命じたことからも、委員会は僕らの派遣に乗り気じゃなかった事が伺える」
「そういや、委員会がお前らに命じたのは待機だったな。それで?」
「箱上君、メールで教えてくれたよね。柳田支部長は、機関の祭神【照魔鏡】の狂信者だって」
「ああ。今時珍しいよな。でも、おかげで上手くやれてるんだろ?」
「うん。今みとし村で起こっている、天井下り事象の捜査記録を、柳田支部長に横流ししてもらった。その他にも、データベースに登録されていない支部の調査記録を教えてもらったりね。彼は僕達に協力してくれている。僕達が、機関の祭神の覡鏡様の使いだと思っているから」
「……なあ、まさかお前。柳田は鏡様に言われて資料を差し替えたって言いたいのか?」
「鏡様じゃない。先代巫女の方だ」
「見鏡様? いやいや、冗談言うなよ! ほとんど寝たきりの婆さんだぜ? 何のためにそんなことさせるんだよ?」
「さっき箱上君が調べて教えてくれたから、僕はようやく気付けたんだ。僕はずっと、彼女の言葉の真意を汲み間違えていた」
「どういうことだ?」
「昔、彼女と取引をしたことがあって、その時お願いされたんだ。いつか機関が管理・飼育している怪異を全部食ってくれって。僕はずっと、彼女が弱体化した照魔鏡の信仰を取り戻す為に計画したんだとばかり思ってた。でも、あの言葉の真相は違ったんだ」
四辻はそう言って、逢のノートに目を向けた。
「神威兵第三号【神眼】。今朝、君に写真で見せたよね?」
「あれって本当のことなのか? 情報部でも、そんな事全然聞かないし」
「僕は太平洋戦争が始まる直前に、昏睡状態になってしまったから、それがどんなものだったかは話でしかしらない。でもあの頃この国は、勝つためにどんなことでもやったんだ」
「機関は本当に、兵器を開発する為に村人を犠牲にしてたっていうのか」
箱上の声には悔しさが滲み出ていた。
機関に勤める多くの職員は、人を怪異の脅威から守りたいという気持ちを持っている。箱上も例に漏れず、情報部職員として怪異を秘匿する事で発生を抑える仕事に誇りを持っていた。
機関が培った知識と技術が、守るべき人を苦しめる為に使われたというのが、とても許せなかった。
「クソだな。戦争なんてクソだ。誰も幸せにならない」
「そうだよ。あの大戦を経て、多くの人がそう学んだ。でも僕達の機関は、何も反省しなかった」
「どういう意味だ?」
「アイのノートを読んだ時、僕は初めの文に違和感を覚えた。でも、何かを思い出す時、アイは不安定で過去の記憶と今の記憶がごちゃ混ぜになったりすることがある。昨日は、あれもその一つだと思っていたんだよ。でも……」
四辻はノートに目を向けた。
『あの悍ましい研究がまだ続いていたなんて信じられない。』
「研究は、今も続けられているんだよ。見鏡が柳田支部長に差し替えさせた文書は、兵器開発に関する資料だったんじゃないかな。」
「俺達の機関は、まだ懲りずに怪異を兵器にしようとしてるって事かよ!? 何でそんなこと……」
「理由は分からない。委員会に直接聞くしかないよ……。きっと最初に会った時、見鏡は機関の兵器開発計画を知っていたんだ。だから僕に、機関が所持する怪異を残さず平らげるよう約束させた」
箱上は息を呑んだまま、言葉を失ったようだ。電話の向こうは不気味なくらい静かだった。
「神威兵第三号【神眼】の正体はおそらく、おみとしさまだ。村の境界まで近づいた時姿を確認した。あれは、無数の人の目の塊だった。
機関はみとし村で、村人を被検体にしておみとしさまの能力を記録し、兵として使えるよう制御しようとしていたんじゃないだろうか」
「それで神威兵か。人の代わりに戦って、敵を発狂させる目玉の怪異。兵器としても恐ろしいが、情報秘匿の面からしても恐ろしいよ。そんなもの作られたら、怪異の存在を認めたっていってるようなもんだ。世に怪異は溢れかえって、下手したら他国どころか怪異に内側から崩壊させられてたぜ」
「追い詰められていたんだ。やるしかなかったんだろ」
「はぁ。その時と違って、秘匿を優先する今はもうちょっと隠した感じの兵器になるだろうな。世界征服でもするつもりかよ……」
四辻は、「秘匿か」と何かを思いついたように呟いた。
「あの時、見鏡が僕に気長に待つと言ったのは、戦時下と違って、機関が兵器開発を秘匿するのが困難になったからだろう。機関に勤める人間は、箱上君みたいに強い信念をもって怪異に挑んでる。兵器開発なんて、バレる訳にいかない」
そう言って「もしかしたら」ともう一つの可能性を口にした。
「もしかしたら、戦後の混乱で機関は、戦時中の実験記録を紛失したのかもしれない。もし結果を隠し持つことができていたとしても、アイ達がやったように開発を遅らせる為、デタラメな結果を報告する研究者達がいたから、機関は研究を一からやり直す必要があった」
「でも被検体の調達と死体の遺棄をしていたんじゃ、遅かれ早かれバレるだろ。情報部の常識に、『情報は隠せても、遺体は隠せない』ってのがある。
この世にいる人間は、どんな人もどこかで人と繋がってる。情報部は、人が怪異に殺された時、怪異を秘匿しながら繋がりがある人達を納得させるためのカバーストーリーを用意しなきゃいけない」
「いくら本部の情報部が絡んでいても、現代で人体実験は不可能ということかな?」
「そうだ。それに六十年以上かかっても怪異を制御する研究が完成しないって、よっぽどだぞ。イレイザーの拮抗薬じゃないんだから……悪い。今のは本当に悪かった」
四辻は「聞かなかったことにするよ」と言って話を戻した。
「こういうのはどうだろう。機関は兵器の設計図に、怪異の形を変えて組み込もうとしている」
「怪異を制御する方法を作るんじゃなくて、制御できるように怪異を変えたってことか?」
「K支部は、みとし村を調査し続けてきた。ある時は、みとし村の因習を断とうと動いて、おみとしさまに村人を襲わせないよう働きかけた。それは成功して、1960年以降はおみとしさまが村人を祟る事は完全になくなった」
「信仰は神の力の源だ。機関は、村人に働きかける事で信仰の形を変えて、おみとしさまの行動を少しだけど制御できたってことか。信仰の形を変えるのは簡単な事じゃない。だから何十年も時間がかかったんだな? 委員会はK支部を使って、おみとしさまを兵器にしようとしてたのか」
「そしてそれは、僕がおみとしさまを食べ残す事で完成する。穢れの影響を受けていない、弱ったおみとしさまをなら、意のままに操る方法があるんだと思う」
「でも、待ってくれ。証拠がないだろ。憶測で動くのは危険だ。委員会に睨まれるのはお前だって、嫌だろ」
箱上は一度深呼吸すると、
「まず、戦時中に神威兵の実験がされたって証拠はあるのか? イレイザーが無い時代だぜ。いや、イレイザーがあっても大人数が実験中に死んだことは隠しきれない。こんなこと言いたくないけど、日暮のノートしかないなら、記憶障害を持ってる日暮の妄言って一笑されて終わりだぜ」
と訴えた。やはり機関の不正を認めたくないのだろう。
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