機関の嘘を暴け!
僕は思い違いをしていた!
鳴動するスマホに表示されたのは、四辻がよく知る人物の名前だった。
四辻が通話ボタンを押すと、若い男性の声が聞こえてきた。
「よぉ。今時間いいか? 一仕事終えたと聞いて連絡してみたんだが……」
四辻は首を傾げた。箱上の声が暗い雰囲気を纏っており、どこかおどおどしたような調子だったからだ。
四辻が知る箱上は、生意気で不躾な物言いをするので、何かあったのだと察した。
「どうしたの?」
「その、なんだ。……昨日の件は、本当に悪かった。日暮は、まだ調子悪いみたいじゃないか。K支部の知り合いから、お前が気絶した日暮を抱きかかえて歩いていたと聞いた」
四辻は、ああ、と声に出さず納得した。箱上の態度がしおらしい理由が分かったからだ。
箱上は特設寮の秘匿を担当する情報部職員だが、逢の発作が起こらないよう記録にフィルターをかけるのも彼の仕事だった。
昨日(14日)の早朝、箱上は取り急ぎ項目と概要に目を通した後、『みとし村事象についての報告』が逢の発作を誘発する危険がないと判断したため、閲覧許可を出した。
しかし、箱上の予想と反して逢は何かを思い出し、イレイザーの影響を受けやすい不安定な状態になってしまった。
「君のせいじゃない。僕も資料に目を通したけど、何も分からないんだ。あの発作は防ぎようがなかったんだよ。……そうだ、昨日はメールありがとう。おかげで、こっちでも不自由なく動けているよ」
「なら良かったんだが……」
その後、箱上は少し言い辛そうに、「解析結果についてだが」と続けた。
「俺達は、『みとし村事象についての報告』の何かが、日暮の記憶を呼び起こしたと考えていただろ」
「うん。アイは確かに、直前までそれを見ていた。でもその口振りは、何か裏がありそうだね」
「項目の中身が、一つ差し替えられていた」
四辻は自分の耳を疑った。
データベースに登録された記録は、正式な記録として職員全員の目に触れる可能性がある。そのため、登録してしまえばそう簡単に編集できないはずだった。
だが箱上は、データベースに登録された『みとし村事象についての報告』の一部が、何者かに編集された形跡を見つけたらしい。
「可能なの? たしか、一度データベースに登録された記録は、本部の情報部に申請しないと書き直せないはずじゃなかったっけ?」
「基本はそうだ。だが、例外はある。情報を媒介にして、取り憑く怪異もいるだろ? だから緊急時は、一部の職員に記録を編集する許可が与えられる。その場合、事態が収束した後に情報部に変更した内容を報告する事になってるんだ」
「天井下り事象が発生したK支部は、それに当てはまるかもしれない。つまり今僕らが見ている報告のどれかは、本部の情報部か一時的に編集権限を得た職員のどちらかに、書き換えられた内容ってこと?」
「いや、今みている情報は、編集前の物に戻ってる。履歴を調べたら、二回編集されていたんだ。本部の奴等ならこんな分かり易い痕跡を残さない」
「K支部の職員がやったってこと?」
「そうだ。念の為、さらに詳しく調べたんだ。編集した端末の情報と職員IDから、あの項目を差し替えたのはK支部の——柳田支部長で間違いないと思う」
四辻の頭に、ハンカチで汗を拭く柳田の顔が浮かび上がった。
「保護施設では足が遅く到着が遅れ、職員の後ろ姿にも気付かず村人と誤認し、声を出すなと言えば声を出して怪異に襲われ足を痛めた、悪く言えば間抜けな、あの男が……」
「お前、根に持つタイプだよな」
箱上は「そんなことより」と続けた。
「IDと個人端末が盗まれていない限り、柳田の犯行で間違いない。データベース内資料の緊急編集権限を持ってるのは支部長クラスの人間だけだし、柳田は元情報部所属。勝手がわかるから、編集するのは簡単だったんだろ」
そう言って箱上は、「現役時代同様に仕事ぶりは雑だったけどな」と一旦報告を締めくくった。
「柳田支部長が編集した項目名は?」
「『K支部研究部議事録』だ」
「研究部議事録?」
ふと、四辻の頭に閃くものがあった。
四辻と逢をみとし村に向かわせろという照魔鏡の神託、逢が思い出した神威兵の記録、編集された項目、『K支部研究部議事録』、それらが重なり合い、四辻の脳内で一つの答えを導き出した。
「四辻。悪いが、何の情報と差し替えられていたのかまでは分からなかった。柳田が編集した動機もな。やっぱり早く事件を解決して寮に戻って、日暮にかけられた記憶の封印が安定するのを待つしか、発作を防ぐ方法はないんじゃないか?」
「ダメだ!」
「え?」
「ただ事件を解決しても、機関はおみとし様を管理し続ける。みとし村解体計画を実行させて、どさくさに紛れて僕がおみとし様を平らげないと、全て水の泡だ」
「いやいやいや、ダメだろ全部食べちゃ! おみとしさまの穢れに侵されていない部位は、回収するよう委員会に言われてるんだろ?」
「ダメなんだ。機関が、あの怪異の有用性を思いついてしまったから、あれはこの世に置いちゃいけない。彼女は全部知っていたんだ。機関はまだ研究を続けてるって——」
耳元で「ワッ」と大きな声がして、驚いた四辻は口を閉じた。
「盛り上がってるとこ悪いが、俺にも分かるように説明してくれや」
箱上の大声のせいで、耳がまだキーンとするが、四辻は何とか箱上が言った内容を聞きとれた。
スマホを反対の耳に当てると、会話を続けた。
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