悍ましい実験記録 神威兵第三号【神眼】

(10月14日早朝に『みとし村事象についての報告』を読んだアイは、みとし村と機関に関する何かを思い出して、このノートを書いた)


(イレイザーと封印の影響下にあり意識がはっきりしない為か、ノートは感情に任せて書き殴られている。その為、ノートの余白に文字から読み取れるアイの状態を()で記した)


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



 あの悍ましい研究がまだ続いていたなんて信じられない。


 神威カムイ兵第三号【神眼シンガン


 怪異を解明して人を護るのが、機関の研究者の誇りだと思っていたのに。上層部は使えるものなら何でも人殺しの道具にしたいらしい。


 あんな事に使われるなら、神秘は神秘のまま、留めるべきだったんだ。


 何が神威か! あんなのはただの精神破壊兵器だ!

 あんなもの、作っちゃいけない。完成させちゃいけないんだ!


 ♢(ここから先は明確に、アイは過去の出来事を書き記したと思われる)♢


 手伝え、完成させろと言われて、惨状を見せられた。


 立案者は、実験の為におみとしさまの祟りを意図的に発生させた。被験体にされた村人達の悲鳴が、警報のように木霊して耳から離れない。


 あたしの目の前で、被験体は廃人と化した。喉を掻きむしって、頭を壁に叩き付けて、死んでいく。

 その方がまだ良い死に方だったかもしれない。生き残った人達は、あんな劣悪な環境に閉じ込められて……。


 共食いしたご遺体を供養させてもらった。病死した方も供養させてもらった。ご遺族には、とても会わせられない姿になっていた。


 いくら祖国の為とはいえ、こんな非人道的な実験を繰り返すなんて馬鹿げている!

 

 あたしには無理だ。できなかった。


 被検体に選ばれた親子を逃がした。小さな女の子だった。お父さんの腕の中で震えていた。

 でもそれ以上は逃がせなかった。

 

 悲鳴に耳を塞ぎ、聞こえないふりをして、祟られた被験体の経過観察を続けた。


 実験記録を偽装し続けた。科学者としてやっちゃいけない事だと思う。でもあたしはそうするしかなかった。他にも同じ気持ちの人達がいたから、協力して足を引っ張った。


 何としても、未完成のまま終戦を迎えさせる。

 それが、あたし達にできる唯一の抵抗だった。


 これ以上犠牲者が出ないようにと、信じる神に祈り続けた。


 戦場では多くの人が苦しんでいると知っていた。街が焼かれて多くの犠牲者が出たと聞いた。完成を急げと脅された。


 でもあたし達は偽装し続けた。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

 助けられなくてごめんなさい。


 あれが完成したら、この大戦の先も地獄だから。また多くの血が流れてしまうから。


 だから絶対に完成させちゃいけなかった。


 第一号と第二号は失敗に終わり、関わった研究者達は破滅したらしい。当然だ。ただの人間が怪異を意のままに動かせる訳がない。


 第三号は、機関の威信をかけた研究だったらしい。


 いつか、あたし達の偽装はバレる。

 きっと手酷い報復に遭う。みんな覚悟の上だった。


 ごめんなさい。珠月様……。


 あたしはどうなってもいい。でもどうか、上層部が珠月様まで傷付けませんように。


 報復されるまでに、どうか珠月様を人間に戻す研究が完成していますように。


 ♢(どうしてアイは、自分自身よりも僕を優先しようとするのか。だから僕は、僕自身を許せなくなるんだ)♢


 ♢(ここから先は文字が乱れている。記憶が再封印されたように思えるが、すり抜けて過去の記憶が重い出されたようだ。僕の名前がトリガーになったのかもしれない)♢


 研究室に戻らないと。

 あと少しで成果が出せる。珠月様を救える。


 忘れないで


 まゆを解いて神憑かみがか

 糸の端はあたしの指に

 照魔の神はおそれふうじた


 あのほうこくしょはぎそうされているのーとちょっかんしんじて

 のーとわすれずよむかく


 ♢(文字が読みづらい。イレイザーの効果に耐えながら書き殴ったんだろう)♢




 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


(データベース内で確認できるみとし村の記録には、怪異を兵器のように使う実験がされたという記載は全くない)


(しかし「あの報告書は偽装されている。ノートと直感信じて」とは、おそらく僕が書いた神無四辻事象の報告書のことだろう。僕と見鏡が、アイをイレイザーから救うために書いた報告書を、アイは偽装だと見抜き始めている)


(見鏡と照魔鏡は、アイが本当の記憶を少しでも思い出した時と、塗り潰された報告書の中身を完全に思い出した時、記憶を再封印すると約束した。

 物的証拠はないけど、アイが再封印されたことから、ここに書かれている内容は本当に起きた事だと考えていいのかもしれない)


(終戦後、委員会は追及を逃れるために記録を消したのだろう。ありえる話だ)


(照魔機関は、また恐ろしい真実を僕に隠していた)


(アイはずっと苦しんでいた。もし、あの時僕が昏睡状態になっていなければ、と思わずにいわれない。アイの傍にいる事ができたら、力になれたかもしれないのに。どうして僕は、アイが辛い思いをしている時に限って、傍にいてやれないんだ……)


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