第7章 改竄された記録
切り取られたノート 10月14日早朝の真相
【10月15日 車内】
「神無捜査官」
運転手に呼びかけられ、神無四辻は我に返った。随分と長い間、昔の事を思い出していた気がする。
「日暮捜査官は大丈夫ですか?」
運転手はバックミラー越しに四辻を一瞥し、不安そうに呼びかけてきた。
彼が心配するのも無理はない。隣に座る逢は、橋爪の取り調べ後に倒れてから、まだ目を覚まさない。
四辻は嘘を並べて誤魔化したが、運転手の不安は消えなかった。
「神無捜査官も、顔色が悪いように見えます。本当に大丈夫ですか?」
(僕は、そんなに酷い顔をしていただろうか……)
四辻は苦笑した。たしかに、思い出したのはあまり楽しい記憶ではなかった。
「みとし村解体計画が実行に移されたら、神無捜査官は、みとし村の神の穢れを清めに行かれると伺っております。その時に備えて、少し仮眠を取られてはいかがでしょうか。支部までまだ、少しありますし」
(ああ、例のあれか)
みとし村解体計画——本部が立案し、K支部に実行させようとしているこの計画は、村の神おみとしさまが穢れで零落する危険がある場合、実行に移されることになっていた。
みとし村周辺は、霊が生まれやすく溜まりやすい。おみとしさまの縄張りを維持させることで、社会を脅かすような悪性の怪異が生まれるのを防げると機関は考えていた。
もしも、おみとしさまが穢れのせいで神から妖怪に堕ちれば、村人は命の危険にさらされる。それだけでなく、おみとしさまは村から這い出して、周辺地域の住民にまで危害を加えると予想されていた。
そうなる前に、機関は村を解体して信仰を断ち、おみとしさまを弱らせた後、四辻にみとし村の穢れとおみとしさまを喰らい清めさせるつもりだった。
(サンは穢れを好んで食べる。サンになった僕も同じ。食べ始めたら残さず全部食べたくなる……でも)
機関は四辻に、おみとしさまの穢れに侵されていない部位は、食べ残して回収するよう要請していた。
(おみとしさまのように、人を錯乱させる恐れのある怪異でも、機関は有用性を感じてK支部に管理させていた。
回収後は、何に使うつもりなんだ? 縄張り意識の高さを利用して、怪異発見器にでもするつもりだろうか?)
ふと、見鏡の言葉『全部平らげて』が頭の中に浮かんで消えた。
(見鏡……。おみとしさまも、その対象だったのか? でも僕はまだ、イレイザーに打ち勝つ方法を見つけられていない。悪いけど、まだ君との約束を果たす訳にはいかない)
「あの」
遠慮がちに運転手がまた声をかけてきた。
「神無捜査官。やはり、少しでも休まれた方がいいのでは?」
「……では、お言葉に甘えて。支部に着いたら起こしていただけますか? ……えっと」
「中山です」
「ありがとうございます。中山さん」
そう言って誤魔化して、四辻は逢のノートに視線を落とした。
ノートを開く。
13日が終了した次のページ、14日(派遣が決まった日)早朝の出来事が書かれていたはずのページは、無くなっている。
四辻が切り取ったからだ。
ページの切れ端を残してしまったようだが、幸いにも逢は、まだ四辻の仕業だと気付いていない。
支部への派遣が決まったと、連絡が来たのは早朝だった。
「照魔鏡様から神託を授かった。あなた達には、K支部へ飛んでもらう。委員会の許可が下りたら、迎えのヘリコプターに鏡を乗せて向かわせるわ。それを正式な連絡ということにして」
しわがれた声は年齢を感じさせるものの、見鏡は淡々と指示を出した。
「見鏡。それはどういうことかな。信託の事、委員会にはまだ報告していないのかい?」
「そうよ。だから、この電話はなかったことになるわ。意味は、直に分かる。アイさんと一緒に、『みとし村事象の報告書』に目を通しておいて」
それから施設係を使って逢を起こすと、四辻の部屋に集合して、二人でみとし村事象の報告書を読んで準備していた。
眠気覚ましにコーヒーを淹れようと提案したのは四辻で、賛成した逢はミルを部屋に取りに行った。
異変が起こったのは、そのすぐ後だった。
コーヒーの準備をしていた時、激しい頭痛で意識を飛ばした逢がソファに沈み込んだ。
それがイレイザーによるものだとすぐに分かった。報告書を読んだ逢は、照魔鏡の封印をすり抜けて何かを思い出してしまったらしい。
こうして起こる記憶障害と頭痛を、四辻はいつの頃からか発作と呼んでいる。
逢が全てを思い出したら、また昔のようになってしまうかもしれないと、見鏡には伝えられていた。
病室で寝たきりになっていた逢の姿が脳裏にチラついた。
焦った四辻は、逢のノートから閲覧して思い出した内容が書かれたページを切り取った。
目を覚ました時、逢が事象の記録を思い出して再度発作を起こすのは危険だ。痕跡は徹底的に消す必要があった。
捜査資料で散らかった四辻の部屋にいれば、直前まで捜査会議をしていたと嫌でも思い出してしまう。
そのため逢を彼女の部屋のベッドに移し、記録を閲覧した事を忘れたままにさせようとした。
記憶が全て消えていなければ、現在の状況を断片的に思い出す可能性は高い。
四辻は逢の部屋でコーヒーを準備しながら、何が発作の原因になったのかを探った。
逢が閲覧していたのは『みとし村事象についての報告』のはずだが、タブレッドのページは狂ったように読み込みを繰り返すばかりで、具体的に何の項目がマズかったのかは分からなかった。
仕方なく情報部の協力者、箱上網に連絡して、逢の権限では閲覧できないように、フィルターをかけさせて調査を依頼した。
そして、しばらくして逢は目を覚ました。
「逢さん。気分はどう? 大丈夫? 自分の名前、思い出せるかな」
「えっと……」
「君は日暮逢。照魔機関に所属する捜査官」
「そうでした」
「僕は神無四辻。君は僕の巫女。いや、相棒と言った方がいいのかな。……ほら、君のノートにそう書いてある。君の字でね」
「四辻さん、すみません。朝からご迷惑をおかけしました」
うまい具合に、逢は閲覧した事を忘れていた。好機と捉え、四辻は口を開いた。
「良いコーヒー豆が手に入ったから、一緒に飲まないか僕が誘ったんだ」
「……思い出しました。前にあたしの部屋で捜査会議をした時、四辻さんがミルをあたしの部屋に置き忘れたんですよ。だから取りに行こうとして、それで……えっと」
「なかなか戻って来ないから、様子を見に来たら倒れている君を見つけた。だからベッドに寝かせて、起きるまで様子を見ながらコーヒーを淹れていたんだ。……飲めそう?」
「い、いただきます」
予想通り、逢は「コーヒーを飲もうと誘われた」事は覚えていたが、自分がどこで何をしていたのかは忘れていた。
早朝になぜコーヒーを飲むことになったのか、少し考えれば察してしまいそうだったが、イレイザーと記憶が飛んだ直後の逢の不安定さがそれを拒んだ。
そんな昨日の出来事を思い出した後、四辻は隣で眠る逢を横目で見た。
(見鏡が何を企んでいるのか分からない。みとし村事象の何が君の記憶を引き出したのかも、まだ分からない。昨日思い出した記憶が広範囲だったせいか、照魔鏡の封印は不安定。)
状況は悪化する一方だ。
(……どうか、あと少しだけ耐えてくれ。事件を解決したら、寮に戻れる。あそこなら逢の封印を安定させられるはずなんだ)
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