桑原珠月の回想⑩ ■■■巫■

「いいんじゃない? 馴染み深いサンの名前は出さずに、異名を使ってるし。あなたとサンの記録を混ぜる事で、神無四辻事象の怪異がどんなものか説明してるのに、何もかも謎のまま終わってる。でも、機関に協力する理由は一応判明してる」


 見鏡は「『隷属する素振りを見せている』に、不服さが滲み出してるけどね」と困ったように笑うと、もう一つ指示を出した。


「これとさっき渡したのを合わせた報告書を二枚書いてくれる? その後、一枚を黒く塗りつぶして」


 僕は言われた通り報告書を二枚作って、その内一枚を黒く塗りつぶした。


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


【■■■■ ■■】


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 ■■■■【■■】 ■■■■■■■■■■■■■■■■。


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 機関が保管する記録の中には、閲覧者に悪い影響を与えるものも存在する。昔は何かの間違いで閲覧してしまった職員が、取り憑かれたり、気が触れたりした事例が稀にだが報告されていた。

 でも電子化が進んで、閲覧権限が設けられることで、職員の実力に合わせて情報にフィルターがかかるようになった。


 。情報を遮断する事で、閲覧者を怪異から守っている。


 今思えば、僕が仕上げた【神無四辻 事象】のレポートは、フィルターと同じ働きをしている。アイを真実から遠ざけ、イレイザーからアイの精神を守っている。



「それでは、様。これより封印の儀を執り行います」


 切り替えが終わったのか、見鏡はまた最初の時のように、淡々とした口調で告げた。

 ただ、儀式と言っても、僕が想像していたより簡単なものだった。


「照魔」

 見鏡は丸鏡でアイの顔を照らした後、

「反転」

 くるりと丸鏡を裏返して天井に向けた。最後に、

「隠し給え。我が神」

 と願うと、アイを照らしていた鏡が白く濁って、何も見えなくなった。


 すると、気絶していたアイの目が開き始めた。


「報告書を」

 塗り潰してない方を渡すと、見鏡はアイに内容を見せた。


 アイは不思議そうな顔で報告書を眺めていた。


 その後、見鏡は同じ手順で照魔鏡に記憶を封印させ、最後に黒く塗りつぶした報告書を見せた。これで、真実はこの塗り潰された報告書の中にあると、アイは思い込んだらしい。


 塗り潰された文章が気になるのか、アイはジッと報告書を見ていた。

 そこに真実はないとしても、彼女が偽装に気付いて全部思い出してしまうんじゃないかと、僕は心配だった。


「ご心配なく。アイ様が閲覧中のページ報告書は、フィルター封印により保護されています」


 見鏡が僕に耳打ちした。


「黒く塗り潰された報告書の中身は、簡単に思い出せるものではないでしょう」


 次に彼女は「しかし」と言葉を続けた


「ご説明した通り、アイ様の記憶は隠されたものの、何かのきっかけで本当の事を思い出されてしまうでしょう」


 そしてまた装束を解くと、砕けた調子で話し始めた。


「その為の偽装レポートよ。アイさんが思い出した断片的な記憶を、あれに繋げる。塗り潰された中身が、嘘だって思う人はいないでしょ。偽装だってバレない限り、正しい記憶は思い出せないはずよ」


「不安だな。アイは君が思ってるより勘が鋭いんだ」

「あなたどっちの味方なのよ」

「共犯者の作戦の穴を指摘してるだけだよ」


「心配ないわ。アイさんが本当の記憶を少しでも思い出した時と、塗り潰された報告書の中身を完全に思い出した時、照魔鏡様が記憶を■■■再封印するわ。

 再封印の場合は儀式が要らないけど、すぐに効果が出なくて、安定するまでは芋づる式に他の記憶も思い出しちゃうかもしれないけど……」


「その場合、イレイザーの影響を受けることになるのか。しかも、もし本当の事を全部思い出してしまったら、封印されてもしばらくは思い出しやすくなってしまう。連続してイレイザーの強い記憶障害が起きたら、危険なんだよね?」


「ええ。連続して思い出させないように、できるだけアイさんを安静にして」


「それが出来ない場合は?」


「できるだけ思い出させないように、あなたがアイさんを守ってあげて」


 僕は暗い顔をしていたかもしれない。

 サンの体を表に出すには、アイの協力が必要だからだ。

 委員会に怪異を取り除くよう命令されたら、僕は危険な場所にアイを連れて行かないといけない。もし彼女が、不安定な状態だったとしても……。


「でもね。きっとアイさんは四辻さんの隣にいるのが安全よ。委員会は、回復したアイさんを警戒するはずだもの。傍を離れる時は、信頼できる人にアイさんを守らせて」


「アイを守らせて、か」


 この時僕は何となく、『見鏡は、完全な悪人にはなれないんだろう』と思った。


 彼女は、自分の目的の為に僕らを利用する癖に、ずっと僕らを気遣う様な素振りを見せていた。

 機関を弱らせて照魔鏡に縋らせる為、機関が管理・飼育する怪異を全部食えと言った癖に。その後力を失った機関が、怪異の秘匿を満足に行えなかったり、怪異の発生を抑えられなかったりしたら、また大昔のように怪異が溢れかえるかもしれないのに。

 彼女は間違いから目を逸らしたまま、照魔鏡の信仰を存続させる巫女の役目に徹しているように見えた。


 もし目を逸らした先で、機関が機能しなくなって崩壊した世界を見たら、彼女は耐えられるんだろうか。


 だが見鏡は僕の心の中を見透かしたように、

「約束通り、時が来たら平らげて。……絶対よ。これは、あなたが委員会に復讐する絶好の機会でもあるんだから」

 と、強い決意を込めた目で言い放った。


「そういう約束だからね。そうさせてもらうよ」


 僕は、照魔機関が嫌いだ。アイが元に戻るまで利用して、その後は切り捨ててしまえばいいと思ってる。


 でも、機関に勤める人達の事までは嫌いになれない。僕が知る限り、怪異に立ち向かう捜査官達は、人の幸せを願って、恐怖を押し殺して怪異に挑んでいる。


 機関が所持する怪異を殲滅した後、見鏡は好きにしろと言った。だったら、僕は自分のしたことの責任を取ろう。そう思っている。


「それじゃあ、頑張ってアイさんを救える怪異を見つけてね。気長に待っているわ」



 こうして、『桑原の巫覡』に関する記録は隠された。

 

 しかし、アイは記憶を失ったけど、自分が巫女だという自覚があるらしい。これもイレイザーの影響なのか、彼女の認識は僕が羽化する前で止まっているように感じる。


 いつだったか、『■■■巫■』と、アイがノートに書いたことがあった。


「詳しい事は思い出せません。でも、たぶんあたしは、昔から四辻様の傍にいたような気がします。あたしは、あなた様に使える巫女だったのでしょうか?」


 不安げな眼差しで、アイは僕にそう訊ねた。

 真実を話せない僕は、嘘で誤魔化すしかなかった。


「そうだよ。僕は君が仕える神様。君は、僕の巫女だ」


 そう言って、僕は『■■■巫■』を『桑原の巫女』と書き直した。

『桑原の巫覡』から、僕だけを取り除いた嘘の肩書を彼女に与えたんだ。


 その数年後、アイは名前を日暮逢に改めた。

 どうしてなのかは、理由を聞いてもはっきり分からなかった。日暮という名字に心当たりはなかったし、アイもうまく答えられなかった。


 不思議な事に、それからアイは以前のように神と神に仕える巫女ではなくて、僕と肩を並べて怪異に挑む捜査官として振舞うようになった。


 アイの中で何があったのかはよく分からない。でも以前と比べて、僕らの間にあった溝は埋まったような気がしている。

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