桑原珠月の回想⑧ 計画と証明
「決まりね。共犯者として、改めてよろしく。珠月さん」
「それで、君は何をするつもりなんだ。内容も話さず協力だけを求めてくるなんて、そんなに危険な計画なのか?」
「分かり易く説明する為に共犯者って言っただけよ。そんな物騒な計画じゃないわ」
見鏡は少し笑うと、こんなことを聞いてきた。
「機関はずっとサンを従える方法を探していた。でも、どうしてだと思う?」
「僕に悪性の怪異を食わせる為だろ」
「正解。機関はあなたを迎えるまで、怪異を消滅させる方法を持っていなかった。霊能者達は、怪異の動きを止めたり、追い払ったりする力は持っているけど、完全に倒す事はできないの」
「今もそうなのか」
「ええ。あなたが昏睡状態になる前と変わらないわ。今も機関は危険な怪異が特定の場所から出てこないように封印するか、害がなくなるように環境を調節して観察し続けるしかできないの」
「そうか。僕はこれからも、拘束された活きの良い怪異に齧り付くことになりそうだ」
子供の頃は目が見えなかったとはいえ、気付かず食べさせられていたとは……。あの頃の僕は、それほど生きるのに必死だったんだろう。
今はもう、見た目にも食べるのにも慣れてしまった。
香りは好きだけど、人間の食事は味がよく分からないからしょうがない。
「機関は怪異を処理する為、あなたに食べさせていた。でもあなたが羽化した今は、それだけじゃないわ。危険な怪異を取り除くように命令する事もできるの。……照魔鏡様が封印を解いてくれたらだけど」
「つまり?」
と、聞くと、見鏡は悪い顔をした。
「あなたは、これから照魔機関の最期の砦になるの。機関にいる霊能者が手に負えない怪異も、封印できたけど扱いに困る怪異も、全部あなたが平らげる。そして、いつかみんなの心の拠り所になって、悪鬼羅刹を滅する願いを一身に受けたあなたが、ある日突然――機関を裏切ったりしたら?」
さすがに言葉を失ってしまった。
僕を無視して、見鏡は話し続けた。
「サンと同じように、機関はいくつかの怪異に有用性を感じて管理してるの。あなたには、機関が飼育している怪異を残さず全部、喰らい尽くしてもらう。
その後は好きにしてくれていいわ。機関に残ってもいいし、海外に逃げてもいい。あ、もちろん照魔鏡様は食べちゃダメよ」
こいつ、本当に人間の幸せを願う機関の巫女か?
と、僕は恐ろしく思った。
やり方は汚いが、機関の目的は人間を怪異から守る事だったはず。だったら飼育している怪異には、何か重要な役割があるんじゃないか?
有用な怪異がいなくなったら、委員会は残された照魔鏡に縋り付いて再起を図るしかない。そいつと巫女が騒動の黒幕だったとしてもだ。
制御できないサンなんて、脅威でしかないだろうし……。
見鏡の提案は、とても利己的なものに思えた。自分の神の威光を取り戻す為とはいえ、ここまでやるのか?
それにこれは、僕が機関の守護神になること前提の、あまりにも馬鹿げた作戦だ。でもサンがあまりにも強大だから、この作戦が成り立ってしまうんだ。
「言い忘れたけど、サンだけじゃなくて、あなたの能力にも期待してるわ。辣腕捜査官」
作戦が作戦なだけに、嬉しくないフォローだった。
「信頼を得なきゃいけないから、実行はかなり先になるでしょうね。照魔鏡様の許可が無いとサンの姿になれないから、委員会はあなたを公に神として祀らないはず。精々特別な肩書を与えて、捜査官として現場に送り込むくらいかしら」
彼女の予見は正しかった。
僕とアイは『未特定怪異特別対策課(通称:クワバラ)』の捜査官として数々の現場に送り込まれることになった。
そして彼女の目論見通り、僕らを機関の最期の砦だとありがたがる人間達が、悪鬼羅刹を滅する願いを込めて、僕らをクワバラと呼ぶようになった。
クワバラ——由来は災難除けのお呪いだろう。
委員会が情報部に記録を改竄させたから、現代で桑原珠月の事を知るのは、極僅かな人間だけだ。
機関は照魔鏡を象徴として利用したがっている。サンの存在が知られれば、信者はサンに流れて照魔鏡の力はさらに弱体化してしまう。
「実行は、アイさんが回復してからでいいわ。怪異を捕食した後、その中に記憶を思い出させる力を持ったのがいたって、後で知る事になったら困るでしょうし」
「いつになるか分からないよ?」
「待つわ。何十年かかってもいい。あなたを敵に回したくないの」
僕は溜息を吐いた。
彼女の計画が杜撰だったからじゃない。もうあと何年も、下手したら何十年も、この機関に飼われる事になると悟ったからだ。
「協力してくれるわね?」
この時は、見鏡が委員会の連中を始末する方法を持ってきたのだと、心のどこかで期待していた。
でも今は、あの馬鹿げた作戦を持って来てくれてよかったと思っている。
アイから全てを奪ったのは照魔機関。でもアイを救えるのもまた、この悍ましい機関だけなんだ。一時の感情に任せてぶち壊さなくてよかった。
僕は、『機関に利用されたから、今度は僕達が機関を利用してやろう。アイがイレイザーに打ち勝つまで飼われ続けてやろう』と、自分に言い聞かせて、頷いた。
しかし「その前に」と見鏡は続けた。
「確認の為に、もう一度言うけど、これは賭けなのよ。アイさんに研究を思い出させて、その記憶を捧げる事ができたとしても、サンの再生能力で記憶障害を治せるか分からないんだから。もしダメだったとしても、私と照魔鏡様を恨むのはやめてちょうだい」
僕は見鏡が持っているイレイザーに視線を向けた。
「問題ない。再生能力がイレイザーに効くかは、今証明できる」
「……どういうこと?」
「僕の、今のこの姿は不滅でも何でもない、ただの人間だ。神の力を使うには、いつでも繭が解ける状態でないといけないらしい。さっき君は、『アイはイレイザーの影響を受けている今の状態でも、僕の封印を解ける』と言ったな?」
「ええ。でもその為には、まず照魔鏡様がアイさんの封印を解かないと。お願いしても、すぐには解いてくれないと思うけど」
「解きたくなるさ。君を助ける為にね」
僕は見鏡からイレイザーを奪い取ると、注射針を自分の腕に突き刺した。
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