第6章 イレイザーの弊害

序 四辻の回想 あの日の病室

 目が覚めた時には、全てが手遅れだった。



 白い部屋でベッドに横たわり、虚空を見つめ続けるせこけた女性。

 それがアイだと、僕はとても信じられなかった。


 研究所での事故が原因だと、祭神の巫女に説明された。

 イレイザーの開発中に起きた不幸な事故にアイは巻き込まれた。それが委員会の言い分らしい。


 嘘だと直感した。


 まだ多くの霊能者が神秘を暴く事に躊躇いがあった時代、彼女のように進んで怪異研究に携わる霊能者は貴重だった。


 きっと彼女の力は、他の霊能者を凌駕していたことだろう。

 なぜなら彼女は僕と同じ、【サン】が巫覡に選んだ人間だから。

 めかんなぎおかんなぎでは役割が違うけれど、辟邪へきじゃの神、あるいは不滅の神と呼ばれたサンの加護は強大だったはず。


 そしてアイは、科学者としても優秀だった。

 機関が怪異の研究を進めるには、彼女の協力が必要不可欠だったことだろう。


 でも機関が掲げる理想など、彼女にとってはどうでもいいことだったらしい。


 僕が昏睡状態になっている間も、アイは毎日僕に話しかけてくれた。


 僕は夢の中で、彼女の声を聞いていた。

 アイはただ、僕の為だけに機関に協力していた。アイだって、作り替えられる自分の体が、恐ろしかったはずなのに……。


 研究を手伝えば、機関はアイの研究を援助すると約束していたらしい。


 僕も機関を信じていた。

 僕達を人に戻してくれると約束したから、僕はサンが羽化に入る直前まで機関に尽くし続けた。


 でも、機関は約束を破った。


 機関にとって、アイの研究は都合が悪かったんだろう。

 

 成果を出すのは不可能だと思われていた。

 でもアイは、成功への糸口を見つけ出してしまった。


 アイは、朽ちたサンの体を作り直そうとしていた。

 体が元に戻れば、サンが僕らの体から出ていってくれると考えていたから。


 研究は、成功しかけていた。


 だから委員会は彼女の研究を、記憶ごと揉み消すことにしたんだろう……。

 彼等が欲しかったのは、人の意識を持つサンだったから。


 そして委員会の思惑通り、僕を依り代にしたサンは、僕と完全に融合して転生を遂げ、再び羽化した。


 サンと一つになった僕は、人間の意識を持つ不滅の神。

 サンに力を分けられたアイは眷属となり、僕とサンの姿を切り替える役目を担った。


 桑原の巫覡と呼ばれた僕達は、遂に人に戻れなかった。


 僕はあまりにも愚かだった。世間知らずで、疑うことを知らない子供だった。


 手遅れになってようやく、疑う事を覚えたんだ。


 委員会は、全て計画通りに事を進められて喜んでいることだろう。


 そして彼等は今、巫女を盾にして僕を説得しようとしている。


 機関が祀る照魔の神に仕える巫女なら、羽化したばかりの神を宥めるのは簡単だと思ったのか?

 お前達の思惑に気付かないとでも思ったか?

 僕の片割れを害しておいて、僕に機関の守護神になれと言うつもりか?


 そうまでして神を求めたのなら、その望みを叶えてやろう。

 神を神たらしめるのが、祟りを恐れる人の心であるならば……神にされた僕には、祟りを恐れぬ愚か者達を、祟り殺す権利がある。


 だけど……。


 所詮、僕は人間だった。

 朽ちる前のサンのような、荒々しい神にはなれなかった。


 アイから全てを奪ったのは照魔機関。

 でもアイを救えるのもまた、この悍ましい機関だけだと、気づいてしまったんだ……。


 だから僕は、あのレポートを書いた。


 そして僕達は、今も機関に飼われ続けている。

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