捜査開始 異界渡り②
四辻の考えに気付いた逢は、彼のリュックから小包を取り出して包装を破き、小刀を渡した。
「四辻さん、本当にやるんですね?」
「やるよ。呪いをくらってでも近づかないと、除霊できないからね。でも、万が一のことがあっても今回は大丈夫。この怪異の正体は、既に祭神に報告済だから」
小刀を受け取ると、小声で、
「この怪異を取り除かせるために、祭神は封印を解いた」
そう伝えてから四辻は、緊張した様子の杉浦を一瞥した。
「な、何が始まるんです?」
「怪異が潜む世界は、人間が住む世界とは異なる異界です。目に見えない境界が、二つの世界を隔てているのです。神隠しに遭うとは、あちら側に連れ去られたということ。つまり、やることは一つです。境界に穴を開け、向こう側に渡ります」
四辻はドアの方へ体を向けると、手袋を外して小刀を抜いた。
「祟りとは、怪異が人を害すること。妖怪の類であれば、面白半分に人を祟り弄ぶでしょう。しかし、神として祀られる怪異が祟る多くの原因は、穢れを持ち込まれたことによる怒りです。神は穢れにおかされたら零落し、災厄を振り撒く妖怪に堕ちてしまいますから。……まあ、例外はいますけどね」
そう言って、四辻は刀身を自分の手のひらに押し当てた。プツッと音をさせ、刃は手のひらと刀身を赤く染めた。
「即ち祟りと呼ばれる現象のほとんどは、神の悲鳴や、堕ちた者の慟哭なのです。そして穢れにおかされた怪異が潜む異界に渡るには、同じように穢れた道を用意すればいい」
四辻が血染めの刀を一振りすると、血の飛沫がドアに赤い点状の飾りをつけた。その途端、逢と杉浦は軽い眩暈を覚えたが、四辻は平然とした様子で刀を納めていた。
眩暈のせいか杉浦は一瞬、四辻の姿が繭のような物に変わったように見えた。
「成功しました。中に入りましょう」
「お待ちください。神無捜査官、部屋に入る前に傷の手当を——あれ?」
四辻の手のひらを覗き込んだ杉浦は首を傾げた。そこにあるべきはずの傷が、見当たらなかった。
「ちょっとした手品です。ね、逢さん」
「え? あっ、はい、手品です! あらかじめ採血した血液を袋に入れて手のひらに仕込んでおいたので、実際に切ったように見えましたよね。儀式の為にわざわざ手のひらに傷を付けるなんてしてたら、傷だらけになっちゃいますから」
「何でそんな手の込んだことを? というか、とてもそうには見えませんでしたけど」
「道は作られましたし、いいじゃありませんか」
釈然としない杉浦を促し、四辻はドアノブを捻った。
再び開けられたドアの向こうには、いなくなったはずの人達が閉じ込められていた。
「あ、開いた?」
「助けが来たんだ!」
ドアに押し寄せる人々。しかし皆、四辻達が入ってきたドアの向こうを見て愕然とした。たった今、三人が入って来たはずのドアが、泥の壁で塞がれていたからだ。
「どこから入って来たんですか?」
そう聞かれると、四辻はふわりと微笑んだ。その様子を見て、詳細は伏せるつもりなのだと、逢は悟った。
「僕達は皆さんを助けるつもりでここに来ました。怪奇現象を取り除くのが、使命ですから。しかしその為には、目の前の問題を片付けなければなりません」
四辻が目を向けた先、部屋の中央には巨大な足が鎮座していた。皮膚は厚い泥で覆われ、そこから流れ落ちる泥が部屋を満たそうとしている。
「この怪異が顕現した目的。それが達成されるまで、僕達含めた全員部屋の外には出られないのです」
「えっ」と悲鳴を上げたのは、同行した杉浦だった。今更ながら、逢も四辻も作戦を杉浦に説明し忘れていたことに気付いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます