K支部の捜査官 太田・加藤④

 四辻と太田が話し込んでいる裏で、逢は左足を探すために開けた遺体収納袋を閉め直していた。


「硬っ。ファスナー壊れてるのかな。こんなところで経費削減しなくても!」


「あ、俺やりますよ」

 横から現れた加藤に代わると、彼はすんなりファスナーを閉めてしまった。


「コツがあるんです」

 と、得意げな加藤にお礼を言うと、逢は遺体収納袋に再び視線を落とした。


 袋の外側には、沢山の魔除けの札が貼られていた。


(なるほど。怪異が発生しやすい土地だから、依り代になりそうなものはこうやって厳重に管理するんだ……)


 逢の視線が気になったのか、加藤はしどろもどろに弁解した。


「えっと……太田先輩も俺も、守りより攻めの方が得意って言うか……。正直に言うと、俺達結界は苦手なんです。だからこんな風になっちゃうんですよね」


 逢は非難するつもりじゃなかったが、どうやら加藤は視線を別の意味で捉えてしまったらしい。


「あっ、そうじゃなくて。苦手でも、できるのは羨ましいですよ。あたしは術が使えませんから」

「えっそうなんですか!? 本部の捜査官なのに? あ……」


 加藤の一言が逢の胸に突き刺さった。


「いえ、いいんです。それが普通の反応ですから……」


 言わなければよかったと、逢は項垂れた。


「照魔機関は、明治時代に学者や拝み屋などの職種が招集されて、警察機関内に怪異対策課が設立されたのが始まりだそうですね。だから機関の捜査官なら、身を守るためにも術が使えて当然なのに……。あたしは四辻さんに任せきりです。足を引っ張ってばかりだから、せめて分析だけはしっかりしないと、と思ってます」


「それ、凄くよく分かります」


 顔を上げると、加藤はうんうんと頷いていた。


「俺は太田先輩に迷惑かけっぱなしだけど、先輩はダメな俺を見捨てないでくれるんですよね。だからもうちょっと頑張ろうかなって、思ったりして……」


 話を聞いた逢は、加藤と太田の関係が自分と四辻の関係に似ているように思えた。


「加藤捜査官は、太田捜査官をとても尊敬されているんですね」

「あー、まあ。師匠なので」


 照れ臭そうに加藤が笑うと、逢もつられて微笑んだ。


「あ、話し合いが終わったみたいですね。それじゃ、また」

「はい、加藤捜査官。お気を付けて」


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 太田と合流した加藤は、太田がげんなりしている事に気付いた。


「あれ。太田先輩、何かあったんですか?」

「ああ……神無捜査官にはまいったよ。綺麗な顔して、腹の中は真っ黒だ。二度と関わりたくない」


「えっ。そうなんですか? 優しそうなのに」

「少しは警戒心持てよ……」


 ふと、太田は加藤がスーツの胸あたりを触っているのに気付き「おい。その癖やめろ」と指差した。


「内ポケットのボイスレコーダー、捜査内容を録音できてるか不安になるくらいだったら使うな。触る癖が付いてるんだよ。神無捜査官にもバレてたぞ」


「マジですか!?」

 驚いた加藤は咄嗟に、ボイスレコーダーの録音を止めた。

「いや、でも、それはないですよね? 隠してたのはバレたかもしれないけど、見られてはないし。ボイスレコーダーとまでは分からないんじゃないですか!?」


「否定しないが、頻繁に触るせいで大事な物を内ポケットに入れてるってことは簡単に想像できる。全く……。やっと術の方はマシになってきたのになぁ」


「あ、そういえば。さっき聞いたんですけど……」

 説教が長引く事を恐れた加藤は話題を逸らそうとした。


「日暮捜査官は退魔の術が使えないそうですよ。それなのに本部で捜査官やれるって事は、他がとんでもなく優れてるってことですよね? あの二人、経歴も何もかも謎じゃないですか。実は人間じゃないって噂もあるし。太田さんは何か知ってます?」


「術が使えない?」

「らしいです……」


 太田は首を傾げ、遠くにいる逢に視線を向けた。少しの間観察した後、指をある作法で組んで窓のようにすると、逢とその近くにいた四辻を覗いた。


 しばらくして、太田は溜息を吐くと視線を加藤に戻した。


「クワバラに関わるのは、もう絶対にごめんだ」


「さっきのって、怪異の変化へんげを見破るまじないですよね。何が視えたんですか? 太田先輩支部の中で一番霊感強いらしいし、俺に視えないもんが視えたりして」


「あ? あんなの視えない方がいいんだよ」


 太田は不機嫌にそう言うと、クワバラの二人に背を向けて声を落とした。


「お前、さっき日暮捜査官と話してたろ。何か違和感はなかったか」

「いや、何も。寧ろ親近感湧くくらいで……」


 加藤が逢の方へ視線を向けようとすると、太田は加藤の肩を掴んで止めた。


「あれにはもう関わるな」


 太田の声は緊張を帯びていた。


「強い封印だ。機関の祭神、照魔の神直々に日暮捜査官の神通力を封じてる。術が使えないのは、そのせいだろう。神無捜査官の方は、妙な気配だ。強大な何かが、気配を消して隠れているようにも見える。憑いている奴は視えないが、おそらくは二人とも神憑かみがかり」


「か、神憑りって……つまりあの二人、怪異の依り代ってことですか!? しかも日暮捜査官の方は、照魔の神が封印する程ヤバイ怪異!?」


「いや、分からん。どちらも似たような気配なのが引っ掛かる。二人とも同じ怪異の依り代だったとすれば、どうして祭神は日暮捜査官の方をより警戒してるんだろうな」


 太田はガシガシ頭を掻くと、もう一度逢と四辻に視線を向けた。

「っ……」


 四辻の琥珀の目が、ジッと太田を見据えていた。


 まるで、詮索するなとでも言いたげな冷たい視線は、太田を凍り付かせたように動けなくさせた。

 冷や汗を浮かべ、ようやく視線を加藤に戻すと、太田は深い溜息を吐いた。


「この件はこれで終わりだ。何であんなのが自由にうろついてるのかは知らんが、機関の中枢に近い場所にいるなら、委員会も承知してるんだろ」


「お、俺はどうしたらいいですか?」


「聞かなかったことにしろ。さっきと同じように、何も知らないフリをして、人間に接するのと同じようにすればいい」


「そんなー! 無理ですよ、俺。うっかり話しちゃいますって」

「この件じゃなくても捜査内容は外部に漏らすな」

「そっちは大丈夫です! でも何で俺に話しちゃうんですかっ! 胸に秘めといてくださいよ!」


「うっかり地雷踏むよりマシだろ」

「えぇ……」

「今の話、録音したのか?」

「いや、止めてましたけど……」


 太田は軽く笑うと、「じゃ、捜査再開だ」と加藤の肩を叩いた。


「解決したら肉食わしてやる」

「焼肉? うわっマジっスか! 今のはバッチリ録音しましたからね!」


「おう。気合入れていくぞ」

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