K支部の捜査官 太田・加藤②
「他の土地なら人間の犯行で説明できますがね、ここは他よりも霊障が起こりやすい土地です。そっちの意見も聞かせていただけますか? 神無捜査官」
「そうですね……」
四辻は顎に片手を添えて考えるような仕草をした。
「遺体を運び込んで埋めようとしたのは犯人の意志、神の目付近まで運んだのは……被害者の意志でしょうか」
「被害者の霊が自分の遺体をあんな風にしたって言うんですか?」
「しっくりきませんよね。ですが、おかげで僕達は遺体を見つけられました。被害者はきっと、埋められるよりも、少しでも目立つ場所に行きたかったんですよ」
「おみとしさまが外から来る怪異を、見逃したってことですか?」
「いいえ。遺体を運ばせた怪異と、遺体を境界内でバラバラにさせた怪異が同じ怪異とは限りません」
「どういう意味ですか」
「このバラバラ殺人には、最低でも三つの意志が働いているような気がするんです。①遺体を処分する為に持ってきた犯人、②遺体を少しでも目立つ場所に置きたい被害者、③バラバラにして神の目の前に置いた何者か、そんなところでしょうか」
「確かにここは霊が発生しやすい土地ですが、死んだ人間全員が漏れなく怪異になるとは言えませんよ。被害者が霊体化した証拠があるなら別ですが」
「ありますよ」
四辻はビニール袋に入れた泥だらけのスマホを取り出した。
「足だけの怪異が僕の相棒に渡した物です。指紋を調べていただければ、はっきりすると思いますが、おそらく被害者の遺留品です。すると怪異の正体は——」
その時、境界内から運び出された遺体を調べていた逢が駆け寄ってきた。
「ご報告します。四辻さんの読み通りでした! 遺体には、左足だけがありませんでした。スマホを置いて行ったのも、泥塗れの左足です。被害者の霊が自分の左足を依り代にして動き出した、と考えていいのかもしれません」
「ありがとう、逢さん。こうなってくると、余計にスマホの中身が気になるね」
逢がまた駆け足で戻っていくと、二人の会話を聞いていた太田は面倒くさそうに頭を掻いた。
「仮に被害者の霊が発生していて、見つかりやすい場所に遺体を移そうとしただけなら、分からんでもないです。しかし遺体を境界の中に入れてバラバラにしたのは、何の意志が働いたからなんですか?」
「そうですね……遺体の周りに付いているあの複数の足跡が遺体の損壊と関係していると考えてもいいんじゃないでしょうか。たぶんあれ、神の使いの足跡だと思うんですが」
「まさか神の使いが人に取り憑いて、おみとしさまの前で遺体を損壊させたっていうんですか?」
太田が怪訝な顔をすると、四辻は苦笑いして、困ったとでも言いたげに頬を掻いた。
「素っ頓狂なことを言っている自覚はあります。実を言うと、バラバラにした犯人はさっぱりわからないんです」
「……田畑さんはこの辺りでトミコの霊を見かけたそうですね。彼女が遺体の損壊に関わっているとは考えないんですか?」
「どうなんでしょうか。だって、犯行現場はおみとしさまの目の前です。さすがに、おみとしさまが悪霊を見逃すとは考えにくいですよね。もしかすると、田畑さんはトミコさんの霊を山で見ただけで、遺体は見つけていなかったのかもしれません」
「つまり神無捜査官は、遺体の損壊とトミコは無関係と考えているんですね」
「はい。おみとしさまがいますし、彼女に犯行は不可能だと思います。でも、もし的外れなことを言っていたら、ご指摘お願いします。すみません、僕はまだこの土地に疎いもので……。
でも太田捜査官には、既に事件の全貌が見えているんでしょうね。村の中のことや村にいる怪異のことは、報告書を読んだだけの僕より、あなたの方が詳しいはずですから」
そう言うと、四辻はふわりと微笑んだ。
「委員会から、待機中は支部の仕事を手伝うように仰せつかりました。なのでクワバラはサポートに徹します。どうかあなたの手足だと思って使ってください。天井下り事象の捜査と、地下で起きた怪異騒動で支部は混乱しているでしょうし」
サポートに回ると強調した事で、太田の緊張が僅かに解れたのを察した四辻は、それを好機と捉えた。
「これはただの提案ですが——クワバラは六敷町で被害者に何があって殺害されてしまったのかを調べ、発生した被害者の霊を処理する。
太田捜査官と加藤捜査官には、天井下り事象と並行して、遺体が損壊された理由を調べていただく——というのはどうでしょうか?」
四辻は先程見つけた被害者の免許証を太田に見せた。
「住所を見るに、被害者は村と無関係みたいです。そして被害者を殺して埋めようとしたのは人間です。
そして太田捜査官との議論を通して、犯人に死体損壊をさせたのは怪異の仕業なんじゃないかと想像することができました。もしかすると、本当に殺人と死体損壊は別の事件なのかもしれません。
委員会も、僕達が殺人事件と被害者の怪異の行方を捜査するのは許してくれるでしょう。だって村とは無関係ですからね。
どうでしょう? 太田捜査官は村の中を調べるのに忙しいでしょうし、外の事は僕達に任せていただけませんか?」
太田は頭をガシガシと搔くと、頭の中を整理した。
(こいつ、本当に遺体を損壊した怪異の正体に気付いてないのか? そういや、田畑が名前を口にしただけで、天井下り事象の捜査内容を知らないはずのこいつは、トミコが何者なのか知らないはずだよな。それに、おみとしさまの特性についても、データベースにある報告書の内容しか知らないようだ。
それならトミコが遺体をバラバラにできた理由も分からないはずだし、天井下り事象と遺体の損壊じゃ怪異の特徴が違うから、同じ怪異の仕業だとは考えないか。
ということは、こいつは天井下り事象に首を突っ込むつもりはなく、本当に殺人犯と被害者の怪異を追おうとしているだけ……。遺体をバラバラにした怪異の捜査をこっちに任せてくれるなら、俺は例の仮説を証明できるし、委員会に睨まれることもない、か)
太田はそこまで考えると、四辻を一瞥した。彼は微笑みを浮かべて首を傾げた。太田の答えを待っているようだ。それにしても、この美術品のように整った顔は警戒心を削いでくる。
大きな溜息を吐くと、太田はそのまま答えを告げた。
「わかりました。殺人事件と被害者の霊については、そちらにお任せします」
「ありがとうございます。では早速、そのように上に報告します」
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