K支部の捜査官 太田・加藤①

【10月14日 みとし山 神の目前】


 四辻と逢が遺体の場所に戻る途中、機関の捜査員とすれ違った。現場近くの木に帽子を目印にくくり付けておいた事を伝えると、二人は山を登った。


 遺体の場所まで戻ると、四辻の予想通り、機関と警察の混合チームが遺体の周りで作業を行っていた。


「あ、あの……クワバラですよね?」


 振り向くと、緊張した面持ちの青年が立っていた。


「け、K支部の捜査官 加藤です。お二人の、く、クワバラの噂はかねがね伺っております。お会いできて光栄です!」


 よほど緊張しているのか、話している間も加藤は落ち着きなくスーツの内ポケットがあるあたりを触ったりしていた。その仕草を見た四辻はあることに気付き、興味深そうにポケットを指さして口を開こうとしたが、もう一人の声に遮られた。


「同じく支部の太田です。あなた方が来られたという事は、祭神は我々の仕事に納得がいっていないということですかね……」


 強面の男性、太田はそう言って不貞腐れたように頭を掻いた。


 四辻はニコッと微笑むと、二人に一礼した。


「はじめまして。お察しの通りクワバラの神無です。しかし、祭神様は決してそんなつもりで僕達の派遣を決めた訳じゃありませんよ。現に、委員会は僕達に天井下り事象を捜査する権限まで与えていません。だから僕らは許可が下りるまで村に入れないんです」


 委員会が渋っている理由は、四辻と逢が村に入った場合、おみとしさまが祟るという懸念があったからだが、四辻は物事を円滑に進める為か、自分の正体を隠す為か、そのように説明したのだと逢は解釈した。


 逢も一礼すると、簡単な挨拶をした。


「同じく、クワバラの日暮です。よろしくお願いします。お二人が、天井下り事象の捜査を指揮されている捜査官ですね?」


 そう聞くと、太田はまた頭を掻いた。


「まあ、そうなりますかね。俺は前から村と関りがあったので、白羽の矢が立ちました。こっちの加藤は……頭はともかく、退魔の筋はいいんで、色々経験させておこうかと」

「一言多いですよ、太田先輩」


 加藤にジトッと睨まれると、太田は冗談っぽく笑って返した。


「ところで、あなた方が発見したあの遺体の捜査は、こっちで進めるでいいですかね。境界の中にあるようですし」

「いえいえ。僕達の方で捜査を進めさせていただきます」


 太田が提案すると、四辻は首を横に振った。


「……お二人は村に入れないのでは?」


「先ほど見つけた被害者の遺留品から、彼が六敷町の住民だとわかりました。足跡は一人分だったので、おそらくは町で殺害されて、証拠隠滅を図った犯人によってここに運ばれたのでしょう。埋めようとした形跡もありましたので」


「でも、それだとあんな風になったのはおかしいと思いますけどね。証拠隠滅しようとしたなら、そのまま埋める方が自然だし」


 太田は、捜査員によって遺体収納袋に詰められていくバラバラの遺体を指差して続けた。


「遺体があるのは村の中ですし、こっちで捜査中の事象と関係があると考えてもいいんじゃないですかね? クワバラに天井下り事象の捜査権はないようですし、任せてもらえませんか」


「しかし、行方不明者の遺体を天井からぶら下げる怪異と、遺体をバラバラにした何者かでは、随分と犯人像が異なります。僕が思うに、天井下り事象とこれはなんじゃないでしょうか? 


 犯人の行動に一貫性がないことは、僕も相棒も疑問に思っています。でも遺体は、の手でここに運び込まれました。犯人に死体損壊を指示する共犯者がいるとか、犯人が精神的な問題を抱えているとも考えられますし、これは警察で対処すべき事件でしょう。


 ですが、念のため怪異が関わっている可能性も考慮して、クワバラと支部の捜査員、警察機関の合同チームで捜査をしたいと考えています」


 太田は目を細めた。四辻が天井下り事象との関係を否定し、大袈裟に人間による犯罪を主張するのは、これを足掛かりにして今太田達が捜査中の事件を掠め取ろうとしているからじゃないかと、そんな予感がした。


 四辻が言う通り、天井下り事象と遺体をバラバラにした何者かの特徴は違う。しかし太田は、全くの無関係とは言い切れないと思っていた。

 その理由は、現在村人が恐れている呪いとその元凶、トミコだ。今日の捜査で、太田はトミコが天井下り事象と関わっている痕跡を見つけていた。


 保護施設地下で起きた騒動も、当然太田の耳に入っていた。被害者がこの辺りでトミコを目撃しているとすれば、バラバラの遺体にもトミコが関わっている可能性は高い。


 太田は長年村と関わっていたことで、おみとしさまの能力についてある仮説を思いついていた。この事件は、長年彼が証明しようとしていた仮説——おみとしさまは特定の怪異を見逃してしまう——それが正しいと証明する証拠になるかもしれない。


 クワバラに遺体の捜査を任せたら、仮説を証明するチャンスを逃してしまう。さらに、捜査権がないはずの天井下り事象の捜査をクワバラがすることになってしまうかもしれない。

 トミコが施設で起こした騒動を解決したクワバラは、当然村人が恐れる呪いのことを知っているはずだ。天井下り事象にトミコが関わっている痕跡を知らなくても、連想している可能性はある。委員会でクワバラの命令違反が議題に上がれば、見逃した自分達まで火の粉を被りかねない。


 それに太田は、いきなり現れた本部の、それも自分より若い捜査官に手柄を横取りされるような気がして面白くなかった。頭では事件の早期解決を目指し、協調性を重視して自重すべきと思いつつ、口は四辻を攻撃していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る