埋②

「おや、社員証を見つけたよ。彼は六敷むいしき商事の社員だったらしい」


 平然と捜査を続ける四辻を見て、逢は気合を入れ直した。


「支部に報告します」


 スマホを取り出して電波を探していると、獣道の枝に吊るした自分の帽子が視界に入った。


 帽子が、やけに揺れているのが気になった。


 きっとさっき、風が吹いたせいだろう。

 そう思って視界から外した時、更なる違和感が逢を襲った。周りの枝葉は、もう揺れていない。


 帽子だけが揺れ続けている。


 何となく帽子を視界にいれながら、スマホを耳に当てた。その時——。


 泥に塗れた人の足が帽子の中から這い出した。


「四辻さん!」


 助けを求めて叫んだものの、瞬きをする内に帽子から足は消えていた。


 おそるおそる近づいて、中を見る。

 そこには、ひび割れた泥だらけのスマホが残されていた。


「遺留品かな」


 いつの間にか四辻が、逢の後ろから帽子の中を覗いていた。


「たぶんあの足は、僕に穴が開けられた場所を教えてくれたのと同じ怪異だと思う。自分を殺した犯人を、見つけて欲しいのかもしれないね」


「だったら直接渡してくれてもよかったのに。帽子が泥塗れです」


「気にするのそっち? ……お気に入りだったの? そっか……残念だけど、それは目印の為にもここに置いておこうか」


 四辻はそう言うと、自分が被っていた帽子を逢に被せた。


「さ、遺体の場所に戻ろう。応援が来るとしたら村にいる捜査官達だろうし、そろそろ現場に着くんじゃないかな」


「あ、四辻さん。この帽子」

「被ってていいよ。日射病予防は大事だからね。僕は平気だけど」


「いえ、四辻さんの方が……」


 逢は続く言葉を飲み込んだ。「四辻さんの方が体が弱い」なんて、どうしてそんな根拠もないことを言おうとしたのか、自分で自分が分からなくなった。


 少しだけ感じた頭痛に、逢は頭を押さえた。


「大丈夫? 少し休んでから戻ろうか。ほら、水分もちゃんと取ろうね」


 四辻は逢のリュックからペットボトルを取り出すと、逢に手渡した。


「ありがとうございます」

 と、口にしながら、この時に限ってなぜか逢は、四辻に心配され、看病されることへの違和感を感じていた。


「そうそう、応援に来てくれる職員達のことだけど、天井下り事象を担当している捜査官が来たら、少し揉めるかもしれないね。僕達捜査権がないからさ」


「そう、ですか……」

 ぼんやりとする頭で、逢は相槌を打った。


 四辻は逢の様子に気付いていないのか、淡々と話を続けた。


「加藤捜査官の方はよく知らないけど、太田捜査官はきっと曲者だよ。もしこの事件が彼らの追っている怪異と関係していれば、僕達にはあっちの事件の捜査権がないから、太田捜査官は僕達からこの件を取り上げたがるかもしれない。でも、僕としては解消したい疑問があるし、もうちょっとこの事件と向き合っていたいんだ」


「委員会の命令は無視ですか……」


「村に入らなければ問題ないよ。それに今回は村の中だけで起った事件じゃないし、手分けした方が早いよね」


 そう言って微笑む四辻を見た逢は、両手で自分の頬を叩いて気合を入れ直した。


「何となく、四辻さんの考えが分かりました」


 逢が苦笑すると、四辻は悪戯を思いついた子供のように笑った。


「この現場のことだけど、柳田支部長に確認したいことがあるし、僕の方から彼に連絡しておくよ。ふふっ鏡様が彼に僕達のことを、よろしく言っておいてくれてよかった」


「鏡様にお願いしていたのって、それですか。……あの、四辻さん。支部長が天井下り事象の捜査内容が書かれたファイルを、捜査権限を持たないはずの四辻さんに渡したのは、ギリギリ命令違反にならないからなのかと思っていましたが……まさか……」


 四辻は人差し指を口の前で立てると「ナ・イ・ショ」と片目を閉じた。


「鏡様に何をさせてるんですか!」

「いやいや。僕は、『鏡様から支部長に僕達の事を、よろしく伝えておいてくれませんか?』ってお願いしただけだよ。そしたら鏡様が僕の意図を察して、本当に良い感じに伝えてくれたみたい」


「でも、鏡様は待機するようにって、言ってたじゃないですか」

「祭神は——四辻と逢をK支部に向かわせるように——と神託を鏡様に授けたみたいだけど、天井下り事象に関わらせるな、とは言ってないよ。だから鏡様は、僕のお願いを聞いてくれたんだと思う」


「鏡様に気を遣わせて……。それだけの事情があるということですね?」


「うん。早く解決して帰りたい」


「そんな理由で!? 鏡様に悪い影響を与えちゃダメですよ!」


「心配しなくても、鏡様は先代の巫女の影響を受けて、したたかにすくすく育ってるよ。僕達を案じてくれているのは本心だと思うけどね」


「知りたくなかったー」

 

 逢は大きな溜息を吐いた。


「ハァ……。ですが、四辻さんが調べると決めたからには、最後まで付き合います。どうせ駄目って言っても聞いてくれませんし」


「さすが僕のバディ」

「さすが、じゃないです! でも、やるからにはとことんやりますよ。太田捜査官を説得するのに、何かあたしにもできることはありませんか?」


 そう聞くと、四辻の視線が逢を案じるような物に変わった。


「助かるけど、無理しちゃダメだよ。本調子じゃないみたいだし」


 また少し頭痛を感じた。


「やっぱり。今朝から無理してるよね?」

「……」

「……早く解決して寮に帰ろう。良い考えがあるんだ」


 膨れ上がる違和感と罪悪感を払拭する為、逢は言葉を紡ごうとした。だけど、出てくるのはいつもの軽口と違い、


「≪ご心配をおかけして、申し訳ございません≫」

 

 なぜか、そんな畏まった言葉が零れた。

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