埋①
【10月14日 みとし山 西側】
少し山を下りたところで、四辻が足を止めた。
「何かありましたか?」
そう聞くと、彼が人差し指を唇の前で立てたので、逢も足を止めて耳を澄ませた。
近くの藪から物音が聞こえる。
「ぁ……をぁらえ……づめ」
聞き取りづらいが、何かを訴える声のような音が繰り返し聞こえてくる。
——パキパキ、ピシピシ。
枝が折れる音まで聞こえだした。
四辻が獣道を逸れて音の方に歩き出したので、逢は道を見失わないように近くの枝に帽子の紐を結んで吊るしてから四辻の後を追った。
よく見れば、犯人の足跡は茂みの方へ続いている。
足を止めた四辻は、枯草の中に何かを見つけたらしく、視線を下に向けたまま佇んでいた。追いついた逢が彼の視線の先に目を向けると、縦長に掘られた穴が開いていた。深さは膝丈ほどで、土は周りに盛られたままになっている。
「最初はここに遺体を埋めようとしたのかもしれないね。足跡もほら、この穴の周りに沢山あるよ」
「こんなに大きな穴を掘ったのに、どうしてここに埋めなかったんでしょう?」
「それはまだわからない。でも、埋めようとしたということは、遺体を隠したいと思ったからじゃないかな。だけど犯人は考えを改めて、遺体をあの場所まで引き摺った後に解体して置いて帰った」
「行動に一貫性がありませんね」
逢が現場の写真を撮影すると、四辻は待っていたかのように手袋をして土を掘り返し始めた。
「あっ! 何してるんですか!」
「土の下からコレが覗いてるのが見えたんだ。ほら、財布。他にも何かあるかな……ん、鍵があったよ」
逢は溜息を吐くと、四辻に新しい手袋を渡した。
四辻は手袋をはめると早速財布の中身を調べ始めた。
「中の現金とクレジットカードはそのままになってるね」
「死因はまだわかりませんが、他殺だったら、金銭目的による犯行じゃなさそうですね」
次に免許証を見つけた。男性の名前と住所を伝えると、逢は忘れないようにノートに書いた。
「住所によると、被害者の足立さんは……
「加害者もその町に縁があるのかもしれないね。町から一番近いのはこの道だ。誰にも見つからず一刻も早く遺体を始末したいと考えたなら、この道を選んでも不思議じゃない。足跡は一つだけだし、被害者は町で殺されて、ここまで運ばれたのかもしれない」
四辻はそう言って、足跡を見て首を傾げた。
「……しかし、不思議だね。ここから下には、遺体を引き摺った跡が全くないよ」
「一輪車のようなものを使った跡もありませんね。となると……」
逢は、下の道から穴の方へ歩いて来た足跡と、穴の周りにある足跡の深さを測った。
「ここまで来た時の足跡と、穴の周りで作業していた時の足跡を比べました。同じ土を踏んでいるのに深さが違います。ここに来た時の足跡の方が深い。つまり、犯人の体重は来た時の方が重いんじゃないでしょうか?」
「犯人は、遺体を背負って登ったということかな。それなら、引きずった痕跡がないのは納得だ。でもそうだとすると、犯人が遺体の扱い方を変えた理由が余計気になるね」
「処理方法じゃなくて、扱い方ですか?」
「うん。遺体を背負って登るのは重労働だ。だけどその方法を選んだから、僕は犯人が遺体を傷付けないように、注意していたからなんじゃないかと考えてしまう。
衣服が遺体の傍に散乱していたことからも、バラバラにする直前まで着せていた可能性は高い。きっとこの犯人にとって、遺体はただの処分に困る物じゃなかったんだ。亡くなったあとも、一人の人間として認識し、できるだけ丁重に扱おうとしたとか……そんな気がする。
それなのに、途中から遺体を引き摺って登って、最後は激しく損壊してバラバラにしている。とても同じ人間の仕業だと思えない」
「途中から別人がやった、というのはどうですか? 埋めようとしたのと、遺体を損壊した猟奇的な犯人は別人だったとか」
「共犯者か。でも、遺体を運んで戻った足跡は一つだけだよ」
「同じ靴を履いて、前を歩く人の足跡に重ねて歩いた——なんて無茶は言いません。実行役と指示役がいたとか、犯人が元々精神に問題を抱えていたという可能性はどうでしょう。そうじゃないと、まるで途中から犯人の中身だけが変わったみたいですから」
「中身が変わって別人になった、か。表社会の考え方なら、多重人格障害で説明が付くかもしれないけど」
四辻は虚空を見上げた。
「機関の視点で考えると、取り憑かれたという可能性も考えないといけないね」
「え!?」
「だって、ここは霊が発生しやすい土地だから。遺体を埋めようとしたのと、遺体をバラバラにしたのは、多重人格ではなく一つの体を使った全くの別人っていうのも、ありえてしまう」
「でも、おみとしさまは他の怪異が縄張りに入るのを嫌うんでしょ? 怪異の仕業を疑うなら、バラバラにしたのは、おみとしさまとその使いってことになっちゃいませんか!?」
木々が揺れた。それが風のせいなのか、別の何かがいるのかわからず、逢は表情をこわばらせた。
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