神の目②

「でも、疑問は残ります。神様として祀られる怪異は、基本的に穢れを嫌うじゃないですか。……例外はいますが」


 ふふっと四辻が笑うのを見ながら、逢は質問を続けた。


「おみとしさまが、こんな穢れの多い土地に神様として留まり続けるのは何故ですか?」

「それには答えられない」

「どうしてです?」


「知り過ぎると、見つかってしまうから」


「……え?」


「さっき言った通り、おみとしさまは怪異が縄張りの中に入るのを嫌う。それは相手がどんな怪異であっても反応は変らず、怪異とそれを持ち込んだ人間を祟るだろう。だから僕達はここに来た時からずっと、


 ふと、逢は神の目の上に奇妙なものが浮かんでいるのに気付いた。

 大きな丸い風船のようだが、表面はデコボコしており、その凹凸はパチパチと色が切り替わる。まるで目が瞬きしているようだと思った瞬間、視界が暗くなった。


「おっと。やっぱり教えるのは良くなかったね。逢さん、たとえ無意識でもあれは見ちゃ駄目だよ。幸い、まだ気付かれてないからよかったけど……」


 耳元で忠告されて、ようやく四辻の手が自分の両目を塞いだのだと気付いた。


「目を合わせたら最後、君は保護された村人達と同じように錯乱して、最悪死んでしまうよ」

「村の神様が……村人を祟り、殺したんですか?」


「逢さん、多くの神を神たらしめるのは、祟りを恐れる人の心だよ。中には慈愛に満ちた神もいるかもしれないけどね」


 目隠しが取られると、先程みた風船状の何かは消えていた。


「……まさか、みとし村事象の——人間の精神に影響を及ぼす何か——の正体は、村の神のおみとしさま!?」


「正確に言えば、おみとしさまは原因の一つにすぎない。だけど、あいつは何十人も不幸にしたよ」


 逢は冷や汗を流し、おそるおそる四辻の顔を見上げた。彼はいつも通りの涼しい顔をして神の目を観察しているが、何故だか胸騒ぎがした。


 今朝の四辻の言葉を信じるなら、逢は四辻という神に仕える巫女。それならば四辻もまた、人に恐れられるような祟りを成す神ということになる。


「まさか、そんな。四辻さん、あなたも……?」


「僕? 僕にそんな度胸はないよ。でも、そうだなぁ……好物を横取りされたら、ちょっとムッとしちゃうな。うん、うっかり末代まで祟っちゃうかもしれないね」


 クスクス笑う四辻を見た逢は急に色々が馬鹿馬鹿しくなった。

 神の目に意識を向けないよう、議論に集中することにした。


「食いしん坊オバケの四辻さんはさっき違うって言ってましたけど。やっぱり、田畑さんが恐れていたのは、おみとしさまの祟りなんじゃないでしょうか? ここで見た何かを思い出した途端、彼はパニックを起こしてしまいましたから……」


「仮説を思いついたんだね?」


 逢は頷いて話を続けた。


「彼はきっと村を出て直ぐ、怪異の気配を帯びて境界を跨いでしまったんですよ。ここは霊が発生しやすく、溜まりやすい土地ですから……。


 彼が口にしたトミコという名前は、おそらく地下に現われた怪異の名前だと思います。彼は朝、山の中でトミコさんに取り憑かれた。でも彼はそれに気づかず境界を跨いで、おみとしさまに祟られてしまった」


「トミコさんがあの地下に現われた怪異と同一存在というのは、僕も賛成だよ。でもね、彼の錯乱に、おみとしさまは関わっていないよ。だって錯乱の原因は確実にトミコさんだったからね。怪異を取り除いた後に彼が元に戻ったことが、その証拠になる。おみとしさまが関われば、彼は一瞬でも元には戻らなかったと思うよ。


 それに彼が祟りではなく、呪いと言ったことが僕の中で引っ掛かっている。彼は『あんたが俺達を呪った』と言った。村の神に対して『あんた』とは言わないんじゃないかな」


「……言われてみれば、そうですね。つまり彼が恐れている呪いの原因は、トミコさんで間違いないということですか。でも、どうして田畑さんは彼女をそこまで怖がるんでしょう?


 それに彼の言葉を信じるなら、他の村人達まで彼女の呪いを恐れているように思えます。田畑さん達は、その人に何をしたんでしょうか?」


 逢の視線を受け、四辻は少し目を伏せた。


「昔、おみとしさまは、ある理由で村人を祟ることがあった。怪異の気配を持ち込んだかどうかじゃなくて、あの村で行われていた悪い風習の影響だよ。でも、機関がその風習を廃止させるように動いたから、1960


 だけど、それ以降もみとし村周辺で錯乱状態の人が保護された事例はあった。いくつかは旅行者が怪異を持ち込んでしまって、おみとしさまに祟られたからだ。だけど……村人が錯乱した事例もあったらしい。その原因は祟りじゃなくて、だったんだ。機関はあの村の悪い風習を完全には断てなかったんだよ」


「な、何ですか……それ? 意図して人を錯乱させる風習って、どういうことです!?」


「答えられない。だけど田畑さんが目撃した怪異、トミコさんはその因習によって亡くなり、村人達を恨んで悪霊になったと考えて良いと思う。そんな彼女の復讐の意志に触れたから、あの施設で怒りの記憶が呼び起こされてしまったんだよ」


「あの施設で亡くなった人達は、全員みとし村の因習の被害者だったんですね……」


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 【日暮逢の捜査ノート】

 【錯乱とおみとしさまについて】

 ・神の目とは、村の神おみとしさまの目のことらしい。おみとしさまは怪異が境界に入らないように探していて、もし境界内に怪異を持ち込んでしまうと、怪異だけじゃなくて持ち込んだ人も祟られるらしい。

 本部委員会が境界内に入るなって言ってた理由がやっとわかった。四辻さんとあたしが村に入れば、おみとしさまに祟られて錯乱してしまう。


 ・おみとしさまは、みとし村の風習に機関が手を加える前、村人に危害を加えることがあったらしい。村の因習に影響されていたからのようだ。

 でも1960年以降の村人の発狂の原因は、祟りじゃなくて人為的な要因だったらしい……。


 【田畑さんを発狂させた怪異、トミコさんについての考察】

 ・保護施設の地下で見た怪異は、悪霊化した村人の女性、トミコさんと推定。


 ・田畑さんは山で作業中、女性の声が境界の方から聞こえたって言ってた。声の主はおそらくトミコさん。でも発見したのは男性の変死体だった。トミコさんと遺体の男性は知り合いなのかな?


 ・おみとしさまは怪異が縄張りに入る事を嫌う為、悪霊化したトミコさんが境界の中に入れたとは思えない。つまり、遺体をバラバラにして飾るように置いたのは、人間の仕業ということになる。とても正気とは思えない。村の因習と関係あるのかな……?

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