第4章 神の目と死の穢れ
神の目①
【10月14日 北みとし山中】
「そろそろ村の境界ですね」
「うん。今のところは異常なしだね。少し休憩しよう」
逢は頷くと、リュックサックから飲み物を取り出して口に運んだ。その間も警戒を怠らず、視線を周りに這わせる事は忘れなかった。
木々の間を吹き抜ける風は冷たいが、額に汗を滲ませた今は心地良い。陽の光に照らされた紅葉の天井は美しく、思わず気を緩めてしまいそうだった。
「ただの散策で終わっちゃいそうですね」
冗談っぽく呟いた時、風向きが変わった。
山の上から吹き下ろされた風に乗って、漂ってきた悪臭が鼻を刺した。
二人は素早く視線を斜面の上に向けた。木々に隠されて見えないが、そこに何があるのか瞬時に察した。
一気に斜面を駆け上がったが、積まれた石を見ると足を止めた。
「あれが境界の目印ですか? しめ縄で飾られて、まるで道祖神様のようですね」
「見た目だけは似せたのかもしれないけど、全く違うものだよ。【神の目】と呼ばれているんだ。あれは主要道路にあるものから数えて39個目だね。あまり近づいちゃ駄目だよ。境界の外にいても、僕達はあいつに歓迎されないから」
「でも、たぶんあれの後ろにあります」
四辻は頷くと周りを見回し、数メートル先に同じように積まれた石を見つけた。
「そこの石と、あの斜め前に見える石を直線で繋いだのが境界だ。斜めになってるから、石の後ろを覗き込めるかもしれない」
そう提案すると境界に沿って斜面を登り始めた。
逢も急いで四辻を追うと、石の後ろに異様な物が見え始めた。
それは、バラバラに切断されていた。
首は腹を台座にして置かれ、転がらないように両手で支えられていた。目は閉じているものの、口は苦痛の形に歪んでいる。
場慣れした捜査官が直視するのも戸惑う程、猟奇的に飾り付けられた人間の遺体。
「逢さん、柳田支部長に連絡して。バラバラにされた男性の遺体を見つけた、境界の内側で神の目㊴の傍にありって」
「わ、わかりました!」
逢はスマホを取り出すと、電波を求めて斜面を登り始めた。
四辻は首に下げた双眼鏡で遺体を観察した。
(切断に邪魔だったのか、遺体の衣服は剥ぎ取られている。擦り傷が頬や両手にあり、頭部には大量の泥が付着している)
次に、視線を遺体から土の上に移した。
(被害者男性の物と思われる衣服が散乱。大量の泥が付着していて、所々破れている。遺体は引きずられたと考えていいのかな。遺体の周りには足跡が複数。ん……足跡の大きさと形、深さがバラバラだ。それにあの遺体の周りにしかない。でも、その内二種類の足跡は——)
——パタパタパタ
すぐ傍を何かが走り抜けた。
四辻は素早く双眼鏡から目を放し、辺りを見回した。
何も見えない。
しかし目を下に向ければ、地面に小さな足跡を見つけた。
(子供の足跡だ。……裸足で山の中に?)
足跡は途中で途切れていた。木によじ登った痕跡はなく、突然消えたように見える。
その時、傍の藪が風もなく揺れた。
——パタパタ、ガサガサ。
境界の内側で、音が絶え間なく聞こえ始めた。四辻は音の方から目を逸らさず、片手をポケットに入れたまま様子を窺った。
突然、背中が叩かれた。
四辻は振り返りながらポケットから手を引き抜き、隠していた物を投げつけようとした——が、寸前で思いとどまった。
「わわっすみませんっスミマセン!」
両手を交差させて後退る逢を見て、四辻は札を持つ手を下ろした。
意識を先程音がした方に向けると、気配は消えていた。
「驚かせてごめんなさい。何かあったんですか?」
逢に聞かれると、四辻は視線を土の上に向けた。子供の足跡の他に、大きさや深さが異なる足跡が増えていた。
「神の使いか。もしくは……」
次に、バラバラにされた遺体に目を向けた。
「土地の穢れの原因か。断定するには、遺体を持ち込んだ犯人を捜さないとかな?」
「さっきからずっと気になっていたんですが、村の境にある神の目って、みとし村の記録にあった【おみとしさま】という怪異の目のことですか?」
四辻が頷くのを見て、逢は続けた。
「やっぱり、おみとしさまは村の神様のことだったんですね。記録には——機関の職員は境界を超える前に、必ず祓いの儀式を済ませること——と記載されていました。でも遺体という穢れを持ち込まれたのに、おみとしさまは怒らないんですか?」
そう口にして、逢はハッと片手で口を覆った。
「もしかして、今朝の騒動はおみとしさまの祟り!? 実は殺人に関与していた田畑さんがこの男性を殺害しておみとしさまの目の前で損壊したから、おみとしさまが怒って罰を与えたんでしょうか? トミコは、おみとしさまの別称だったりして」
「いやぁ……それはどうかなぁ。トミコは、おみとしさまの別称じゃないし」
そう言って四辻は神の目を一瞥したあと、その上に視線を向けた。
そして、「今なら話しても大丈夫かな」と独り言を呟くと、逢の疑問に答えた。
「君が閲覧したその記録には——みとし村とその周辺は霊が発生しやすく溜まりやすいうえ、穢れが多い——と記されていたはずだよ。つまり、おみとしさまは穢れそのものを警戒していない。あれが警戒しているのは、自分の縄張りに入り込む怪異だよ。
怪異がたまたま穢れを纏っているから、村と村人はおみとしさまの加護で守られているように見える。だから、たとえ縄張りに迷い込んだのが善良な怪異でも、おみとしさまは侵入を許さない。相手が何者であれ、攻撃してしまうんだ。怪異に縄張りを荒らされることを何よりも嫌うからね」
「じゃあ——村民にはおみとしさまの加護があるが、捜査・調査に携わる職員は各自対策するように——と書かれていたのは」
「常に怪異と接している機関の人間は、おみとしさまの縄張りに意図せず怪異の痕跡を持ち込んで祟られる可能性がある。だから村に入る前にお祓いをして、穢れと一緒に自分に纏わり付いた怪異の痕跡も消すんだ。おみとしさまを刺激して祟られないようにね」
「……つまり、おみとしさまは相手が怪異じゃなくて、怪異の気配を纏わないただの人間だったなら、目の前に遺体を置いて猟奇的なことをしても無関心、ですか……。これが人間の仕業っていうのは、受け入れがたいですけどね」
そう零すと、逢は身震いした。
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