保護施設の怪異⑤
【10月14日 照魔機関K支部 車庫】
逢が分析を終えた頃、タイミングを見計らったかのように四辻から着信があった。内容はざっくりと、取り急ぎ山登りの服装に着替えて車庫に来て欲しいというものだった。
車庫に向かうと、逢と同じようにウィンドブレーカーを着て帽子を被った四辻が、車の傍でタブレッドを操作していた。
車の運転席には支部の職員らしき壮年の男性がいて、逢に気付くとその場で軽く会釈をした。それから彼は、手に持っていた小さな紙をサンバイザーに挟むとエンジンをかけた。
みとし山に向かって走る車の中で、逢と四辻はお互いに得た情報を共有した。四辻が山に登ろうと言ったのは、田畑が山の中で見た何かの正体を確かめたいと思ったかららしい。
「田畑さんが入山したのはこの辺り」
https://kakuyomu.jp/users/nihatiroku/news/16818093089511412166
「作業していた場所は、かなり村の境界に近いみたいだ」
「境界って、何か目印がないとうっかり超えちゃいそうですね。あたし達は入っちゃいけないことになってますから、ちょっと不安です」
「境界の上には所々、石が積まれているはずだから、すぐわかるよ」
四辻は「それから」と言葉を続けた。
「昨日の夕方まで、村で発生中の事象を調べていた職員達がその辺りを歩いて、異常がないことを確認したらしい。何かあったとしたら、その後かな」
「ビデオを見ましたが、田畑さんは何かを思い出した途端、取り憑かれたようにおかしくなっていましたね。何があったんでしょう……?」
「あれは最初の時と違って、パニックを起こしただけだよ。だからあんな処置をしなくても良かったのに」
四辻が苦い顔をするのを見て、逢は首を傾げた。その様子に気付いたのか、四辻は「いや、何でもないよ」と取り繕った。
「約束通り、彼と家族を保護するように手配を進めてもらっているよ」
「そういえば、検査もせずに、よく彼のあれが演技だって分かりましたね」
「地下で彼を錯乱させた原因は取り除いたから、彼は正常に戻ったはずだと予想していたんだよ。でも医療部がさ、検査もせずにイレイザーを使うなんて言うから、鎌をかけるしかないと思ったんだ。
彼がおかしくなった原因と、今まで報告された発狂の原因は別物だって、冷静に考えれば支部の職員なら分かるはずなのにね。施設内に怪異が発生したから、焦ってたのかな」
「あの、四辻さん……」
「何?」
聞こうとしたものの、いざその時になると躊躇してしまう。首を傾げる四辻の琥珀の目を見ながら逢は、おそるおそる疑問を声に出した。
「イレイザーって、記憶を消す薬なんでしょうか? もしかして、さっき田畑さんに使ったのも……」
「そうだよ」
そう答えて、四辻は視線を窓の外へ向けた。
「でも、後で彼のカルテを見てごらんよ。そしたら副作用の症状が、君のその記憶障害とは全く違うってわかるから」
逢は四辻の返事がいつもより素っ気ないような気がしていた。
記憶が頻繁に飛ぶ所為で、彼の事もあまりよく知らないはずなのに、なぜか納得がいかないことがある時の声色に似ていると思った。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
【日暮逢の捜査ノート】
【ページの紙片】
小さな紙片がリングに挟まっていた。形状からして、ノートのページの一部みたい。
このノートはリングノートなのでページを切り取ることもできるけど、切り取った時は必ずメモを残すようにしている。
でも、そのメモは見つからない。
何かの拍子に、どこかのページが破れてしまった?
幸いにも、捜査を始めてからのページじゃなさそう。
この事件が終わったら、昨日から今日までの記録で抜けている所がないか、読み直してみようかな。
【イレイザーについて】
イレイザーは、記憶を消す薬らしい。
ただ注射するだけで、狙った記憶だけを消せるそうだ。
思い出そうとすると、頭の中に霧がかかったようにぼんやりして思い出せなくなるらしい。
四辻さんが言う通り、頭痛を伴うあたしの記憶障害と、ぼんやりするだけのイレイザーの副作用は随分違うように思える。
でも確か柳田支部長は、開発されてすぐの頃は副作用が強すぎると問題視されていたと言っていた気がする。今と症状が違ったんだろうか?
この薬はどのように開発され、どう脳に作用しているのか。初期の副作用は何だったのか。詳しく知りたかったけど、フィルターのせいで閲覧できない。
知りたい事は、全部フィルターに隠されてる。
あたしの記憶障害は、本当にイレイザーと無関係なの?
――――――――
【事件の疑問点】
① 記録にあった通り、みとし村には人の正気を奪う何かがあるようだ。現在は支部の活躍で発狂の目撃件数は減っているけど、完全に封じ込められた訳じゃないらしい。
でも四辻さんが言うには、田畑さんの錯乱の原因とみとし村で調査されている原因は、別物のようだ。
② 田畑さんが恐れている呪いとは何か。保護施設の地下で見た怪異と関係がある? 彼はトミコという女性の名前を呟いていた。彼と村人達はその人の恨みを買うようなことをしたんだろうか。
【次にすること】
私と四辻さんは田畑さんが見たものを調べる為、獣道を辿ってみることにした。積まれた石が村の境界の目印らしい。境界を超えれば、異変が起こる可能性がある。絶対に超えないように注意!
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