保護施設の怪異④

【日暮逢の捜査ノート】


【捜査開始】

 人手不足ということで、支部の医療部と協力して検査を行った。

 あたしに研究部に居た頃の専門知識と技術力が残っていて本当によかった。何の研究をしていたのかは、覚えてないのに……。


【襲われた職員について】

 検査の結果、あの保護施設にいた職員全員が、保護対象の検査を始めた直後からの行動を思い出せなくなっていると判明した。

 脳波や画像検査で異常は見られず、穢れのみ高値であることから、怪異に取り憑かれていたと考えられる。


 被害者達の首についた縄で締めたような痣は、検査結果を総合的に見て時間経過に伴い消えるものと結論が出た。支部の医師と研究員が経過観察してくれることになった。


 柳田支部長の首にも同様の痣ができている為、同じく経過観察してもらう。レントゲンを見ると足は骨折していなかったようで、一安心。


 保護対象の男性については、四辻さんに考えがあるらしく先に事情聴取をしてもらうことになった。

 医療部はすぐにでも薬(イレイザーという治療薬?)を投与する必要があるって訴えていたけど、四辻さんは譲らなかった。責任者は一応納得してくれたみたいだけど、こんなに四辻さんが頑固なのも珍しい気がする。


【保護対象の情報】

 あたしが検査をしている間、四辻さんは保護対象の身辺調査を進めてくれていた。免許証によると、始めに聞いた通り、保護対象(田畑さん)はみとし村出身で間違いないらしい。彼の家族も、彼はキノコ狩りに行くまでは異常行動はなかったと証言したそうだ。


 ―――――――――

 以下は、事情聴取のビデオ記録を文字起こししたもの。

「」が四辻さん


「こんにちは。僕は捜査官の神無四辻です。お名前は、田畑さんでお間違えないですか?」


 あーあーあー

 (田畑さんは奇声を上げながら、落ち着きなく体を前後左右に揺らし、視線を宙に泳がせている)


「軽トラックの助手席に、キノコが入ったびくが置かれていました。今のような状態でキノコ狩りができたとは思えませんから、ご家族が言う通りあなたは山に登るまで、いつも通り生活できていたのだと思います」


 (田畑さんは時折奇声を上げ、体を揺らしている。椅子が床に固定されていなければ、椅子ごと倒れていたかもしれない)


 (部屋の中に入ってきた医師が、遠慮がちに四辻さんに何かを耳打ちした。おそらく、これ以上の尋問は困難ではないかと訴えたと思われる)


「そうだね。じゃあ、あと一つだけいいかな。田畑さん、あなたは僕の言葉を理解していて、をしているんじゃないですか?」


 (一瞬、田畑さんの動きが止まったように見えた)


「つい先程までは、あなたの意識はあの怪異の支配下にあったのでしょう。しかし、怪異が消えたことで、あなたは正気を取り戻した。あなたは僕達の話を聞いて、錯乱を装うことに決めたんだ」


 (先程の医師が四辻さんの肩に触れて制止の言葉をかけた)


「僕の相棒は分析のエキスパートです。彼女にかかれば、あなたのそれが演技だとすぐに分かる。なので、取引しましょう田畑さん。あなたが本当のことを話してくれるなら、僕達はあなたとあなたの家族を保護すると約束します」


 (田畑さんの動きが止まった。視線は四辻さんを真っすぐに捉え、彼を認識しているように見える。そして深く頭を下げた。四辻さんの推理は当たっていたみたい)


 (それを見た医師は驚いたように四辻さんから手を離して、後ろへと下がった。事情聴取を続けさせてくれるようだ)


「ありがとうございます。では早速、山の中で何があったか教えていただけますか?」



【保護対象(田畑さん)の証言】

 騙すようなことをして悪かった。村に帰りたくなかったんだよ。正直に話すから、助けてくれんかな。


 (四辻さんが頷くと、田畑さんはホッとしたように話し始めた)


 兄さんの言う通り、俺は自分の山でキノコを採ってたんだ。村の人間は、里山に先祖代々の土地を持ってるんだよ。俺のは村の境界の近くにあって、村の中から行くよりも、北側の細い道を軽トラで登って、あとは歩きで獣道を登った方が早く着けるんだ。だから俺はいつもと同じように山を登って、境界の近くで作業してた。


 キノコが見つからなくなって、そろそろ帰ろうかどうか迷ってた時、声が上の方から聞こえた。たぶん、女の声だったと思う。


 誰の声だって? んと……あ。


 あぁこりゃ、何ておっかねぇことを……。


 (田畑さんの様子に異変が起こった。目は細かに揺れ、四辻さんを見ていないように見える)


 ……。

 だってしょうがねぇじゃねえか。俺一人が何か言ったところで何も変わりゃしねぇ。それに、あんたを追い詰めたのは俺じゃねーぞ。兄貴達のやったことなんか知らねぇ。


 ウウウウウ


 ウワーーーー!!


 (田畑さんは叫び声を上げて頭を机に叩きつけた)


 すまんかった! あんたの恨みはよくわかったから! あんたが村を呪ったんだって、村の奴らも分かってるから、だから許してくれェーー!


 (四辻さんは素早く立ち上がり、彼を拘束した)


 (医師は焦った様子でペン型の注射器を取り出し、田畑さんに注射した。鎮静剤だろうか?)


 (田畑さんが喚く声や机が叩かれる音で上手く聞き取れないけど、四辻さんが医師に何かを抗議したように見えた。でも、医師は取り合わなかった)


 (四辻さんは苦虫を噛み潰したような険しい顔で様子を見ていたけど、田畑さんが落ち着きを取り戻すのを見て拘束を解いた)


 (田畑さんは、何が起ったのか全く分からない不安げな様子で周りを眺めている)


 あの、すんません。軽トラに乗って山に行ったはずなんだが、途中から何も覚えとらんくて……。

 ここは警察かい? 何かマズイことしちまったかね……。


 (田畑さんの記憶が欠落している?)

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