保護施設の怪異③
四辻は数枚の札を手にすると、逢と柳田を庇うように前に出た。表情は僅かに強張っており、声は緊張を帯びていた。
「気配を消してやり過ごします。良いというまで、絶対に声を出さないように」
白い糸がふわりと逢と柳田の周りを囲む。
全ての蛍光灯が砕け落ちるのは、それとほぼ同時だった。
逢が暗闇の中で目を凝らせば、微かに光が差し込む仄暗い階段の下に、何者かの姿が見えた。長い髪、小柄な影、女性だろうか? 陽炎のように揺れる影は、瞬きの内に見えなくなった。
思わず口と鼻を押えた。生ごみが腐ったような悪臭が辺りに立ち込め始めている。
測定器の数値は上昇を止めない。すぐ近くに、何かがいる。
「囲め 囲め おみとしさまは笑って見てる 辻と境に目ぇ置いて 悪い子いないか見張ってる 次に閉じるの
耳元で、頭の上で、そこら中から歌が聞こえる。縄や木が軋むような音が周りをぐるぐる回っている。
四辻は札を手にしたまま、自分達の周りを回る気配を目で追っていたが、やがて通路の奥に視線を向けたまま動かなくなった。その様子を見て、逢は自分達の周りで聞こえていた音が小さくなっていくことに気付いた。
四辻に声をかけようとして、逢はその寸前で思い止まった。
彼はまだ、声を出して良いとは言ってない。
しかし——。
「消えた? あっ」
柳田が自分の口を押えるよりも早く、風を切る音が聞こえた。
縄の軋む音と共に、首を押さえた柳田の体が宙に浮きあがる。
驚愕した四辻が視線を向けると、天井を向き首を引っ掻いて足をバタつかせている柳田の姿が見えた。
咄嗟に手にしていた札を投げつける。
「効いてくれ!」
札は吸い込まれるように天井に向かって飛ぶと、火花のような閃光となり暗闇を切り裂いた。
断末魔のような甲高い声の後に、柳田が天井から落下する。
逢が駆け寄り様子を見る。柳田は落下の拍子に痛めた片足を押さえて呻いているものの、致命傷はなさそうだ。
四辻は素早く周囲を見回し、気配を探る。
「……逢さん、彼を頼んだ。もう危険はなさそうだから」
スマホを取り出すと、ライト機能で素早く辺りを照らした。そして、通路の真ん中に倒れた人影を見つけ、駆け寄った。それは土だらけの野良着を着た男性だった。白眼を向いて、気を失っている。
「保護対象の村人を発見したよ」
「こちらもご報告します。建物を覆っていた穢れが消えました。先ほどの、四辻さんの札が効いたようですね」
柳田に応急手当をしながら、ハンディ機器を使った逢は安堵の笑みを浮かべた。
「そうだと嬉しいんだけど、今回は運が良かっただけかな」
逢は思わず四辻に目を向けた。暗いせいで表情までは見えないが、溜息が聞こえた。
「さっきのあれは、本体じゃない。あれは保護対象の村人を感化させ、自分の意志をここに運んだんだ。そしてこの土地に眠る村人達の怒りの念を呼び起こした。あれは、ただの幻だよ。だから僕の札で消えて、土地に染み付いた怒りの念も再び眠りについた」
四辻はそう言って、困ったようにまた溜息を吐いた。
「もし本体と会ったら、今のような対処はできないと思う。もう一度接触する前に、あれの正体を暴いて祭神に報告しておきたいな。そうじゃないと、今度は僕達二人共——あれに殺されてしまうよ」
その後、痛みから回復した柳田が応援を手配し、地下にいた職員全員と保護対象の村人は救出された。足を負傷した柳田を除いて、治療を必要とするような外傷は幸いにも見られなかった。
しかし、地下に居た全員の首には、縄で締められたような跡がくっきりと残っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます