保護施設の怪異②
【10月14日 照魔機関K支部 保護施設地下】
案内役の柳田を先頭に廊下を抜け、階段を地下へと駆け降りる。番号が振られた部屋がズラリと並んだ地下の様子は、まるでホテルの廊下のようだと場違いな感想が逢の頭を過った。
「一番奥、右側の部屋です。か、鍵はこれを……」
体力の限界を迎え、ぜぇぜぇと鍵を差し出した柳田を置いて、四辻と逢は部屋の前へと廊下を駆け抜けた。
悲鳴は廊下に反響しており、どこから聞こえているのか最早わからない程になっている。
預かった鍵を差し込み、目的の部屋の引き戸に手をかけた四辻は、すぐ後ろにいる逢に視線を送った。
危険だから下がって、ということらしい。
逢は頷くと、四辻の影に隠れた。
ドアが勢いよく開け放たれる。遮蔽物がなくなった悲鳴は、さらに大きくなった。
四辻の後ろから部屋を覗き込んだ逢の目に、中の様子が映り込む。
部屋の中央にはスラックスとブラウスを着た小柄な女性が一人、背中を向けて蹲り、後頭部を両手で押さえて顔を床に押し付けるようにして泣き叫んでいる。
さらに部屋の中を見回すと、電極の外れたポータブル脳波計や、測定器らしき大型の装置が警告音を鳴らした状態で置かれているものの、他に人影は見えない。
ようやく追いついた柳田は、部屋の中を見るなり青褪めた。
「こ、これは一体何事ですか!? うちの職員は!?」
「それを今から調べます」
四辻は静かに答えると、部屋の中に足を踏み入れた。
四辻が躊躇う様子もなく、当然のように中央で蹲る女性を抱き起こそうとするのを見て、逢もおそるおそる部屋に入った。真っすぐ測定器に向かうと、画面を見て目を見開いた。
「四辻さん! 気を付けてください! 穢れの値が測定範囲を超えて高値です!」
「やっぱり? どうりで建物に入った時から美味しそうな匂いが……っと、邪悪な気配がすると思った」
「この建物に入った時から、ですか? 先に言ってください!」
逢は肩にかけたバッグを下ろし、中からハンディ機器を取り出して起動した。そして測定値をレシート様の紙で印刷して部屋の番号を書き込むと、部屋の外へと駆け出した。
「ひ、日暮捜査官どちらへ?」
「すぐ戻ります!」
柳田は廊下を引き返す逢と女性を抱き起した四辻を交互に見ながらおろおろとしていたが、結局部屋の中に入って保護対象らしき女性の様子を窺うことにした。
四辻は片手で女性を支え、もう片方の手の人差し指と中指を立てて女性の首の辺りを縦に切るような動作をした。その途端、ずっと泣き叫んでいた女性は糸が切れた操り人形のように脱力して倒れ込んだ。
四辻は咄嗟に両手で彼女を支えると、そっと床に寝かせた。
「こ、これは……!」
女性の顔を覗き込んだ柳田は、動揺のあまり声を震わせた。
「彼女は、うちの職員です! 保護対象の村人じゃありません! 何が起っているんですか!?」
「彼女が村人じゃないことは後ろ姿を見た時からわかっていました。ブラウスとスラックスなんて、どうみても山に登ってキノコを採る服装じゃありませんから。それより、お気付きですか?」
四辻が人差し指を口の前に立てたので、柳田は自分の口を塞ぎ、周りの音に集中した。そしてあることに気付くと、おそるおそる小声で四辻に話しかけた。
「神無捜査官。彼女は、気絶しているように見えますが……どうしてまだ、悲鳴が止まないのでしょうか」
柳田の言う通り、部屋と廊下にはまだ悲鳴が木霊している。
「反響しているせいでわかりにくいですが、悲鳴を上げている人は複数います。おそらく、この部屋で精密検査を行っていた職員の方々でしょう」
四辻はそう言って立ち上がり部屋を出ると、向かいの部屋の戸を開けた。中には部屋の中央で蹲る白衣姿の青年がいた。それを確認して隣の部屋を開けると、同じように蹲る白衣を着た女性が見えた。次々と部屋を開けていき、職員全員がバラバラの部屋に閉じこもっていたことを確認すると、四辻は柳田に向き直った。
「神無捜査官。これはどういうことでしょうか? さっき私達がモニターを見た時、職員達は映りませんでしたよ」
「あの時はまだ、全員モニターが壊された最初の部屋にいたのでしょう。しかし、僕らが一階の廊下を抜けて階段を下り、地下に着くまで誰も各部屋の様子を監視していません。職員の方々はその間に、このようにバラバラに閉じこもったのです」
「で、ですが、なぜ職員達はこのような事を?」
柳田の質問には答えず、四辻はふわりと笑った。
「柳田支部長。この建物に響いている声、不自然だと思いませんか?」
「……言われてみれば、この施設の防音は徹底したはずなんです。それなのに、どうしてこんなにも響いているんでしょうか?」
「それだけじゃありませんよ。ずっと複数の人間から、同じ女性の悲鳴が聞こえているんです」
そう言われて、柳田は改めて職員達の様子を窺った。性別、年齢、体格が異なる職員達から、全く同じ声量の同じ悲鳴が聞こえ続けている。
「この声の主が全員を操り、このような行動をとらせたのです」
四辻はそう言うと、視線を階段へ向けた。柳田も視線を向けると、ちょうどハンディ機器とレシート状の紙の束を持った逢が戻って来るのが見えた。
「この施設内の穢れの値を測定してきました」
逢は息を切らしながら数値が印刷された紙を床に並べ始めた。
「しかし日暮捜査官、先程穢れの量が測定器の測定範囲から外れていると仰ったじゃありませんか」
「あの旧式の測定器と違って、こっちは新型の特注品です。たとえ妖怪変化のお腹に入っても、測定だけは正確に行えます」
「そ、そこまでの機能が必要なのですか?」
「普通は要らないし、人に使うなら旧式で十分です。でも、クワバラの任務は特殊ですから……」
答え終えるのと、場所の名前と数値の書かれた紙を施設の構造に沿って並べ終えるのはほぼ同時だった。
「穢れの量ですが、建物の外はほぼゼロです。でもこの建物の中に入った途端、数値は旧式の測定器では測れないほど跳ね上がりました。建物の中は全体的に数値は高いですが、二階、屋上と、上にいくほど数値は下がります。
そしてこの地下で最初に入った部屋と、この廊下、入り口付近の部屋の数値は同じです。つまりこの建物を覆う穢れの原因は、この土地にあるんじゃないでしょうか?」
逢の報告を受けた四辻は、柳田に鋭い視線を向けた。
「柳田支部長。この建物が建つ前は木造の保護施設が建っていたと先程仰っていましたが、戦後すぐのあの時代、まだイレイザーは開発途中だったはずです。ここに収容された人達は、どうなったのですか?」
「と、当支部が保管している資料によると……拘束により危険行動をやめさせるのには成功したものの、感染症や栄養失調、過剰な身体拘束による弊害で全員亡くなってしまったそうです。そのため当支部は、それを教訓にして保護対象の安全と衛生面を重視し、この施設を建設しました」
柳田は一度区切り、ハンカチで滝のような汗を拭うと説明を続けた。
「しかし建て直されてすぐの頃、怪奇現象が頻発したそうです。そこでようやく、当時の支部長は被害者達の怒りの念が土地にまで染み付いていたのだと気付いたのです。それからは、せめて彼らが安らかに眠れるように、毎年供養とお祓いを重ねてきました……」
柳田が答え終わる頃には、反響する悲鳴は収まっていた。ただエラーを起こした測定器の耳障りな警報音だけが空間に鳴り響いている。
「四辻さん。あの測定器がエラーを起こさなかったことから、今日まで施設は正常に運営できていたと思われます」
「僕もそう思う。あの悲鳴の主がここに現われたことで、この土地に眠る怒りの記憶が呼び起こされたと考えるべきだろうね」
その時、逢の測定値が警報を発した。画面を見た逢は思わず息を呑み、四辻に向かって叫んだ。
「穢れ異常に上昇! この反応は——」
「来るよ」
——バチッ
何かが弾けるような音が聞こえ、逢と柳田は階段の方へ目を向けた。廊下の奥で蛍光灯が、音を立てながら砕け落ちるのが見えた。
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