保護施設の怪異①
四辻は建物の床や天井に視線を這わせると、独り言のように呟いた。
「しかし、村人が異常をきたしたのは山の中ですか……。異常を起こさせる原因は村の中にだけあると思っていたんですが」
「そこは少し気がかりではありますが、村民ですので、おそらく錯乱した原因はいままでと同じだと思います。60年代から70年代は目撃がなく、抑え込みに成功したと思われていましたが、70年代半ば頃からごく稀にですが、村に入ってしまった運の悪い旅行者や、村に移り住んだ人間、一部の村人に症状がみられました。頻度は確実に減りましたが、消せたわけではないんです」
柳田はそう説明したが、四辻は何かを思案しているのか首を傾げている。
「まあ、精密検査の結果が出れば原因は分かりますよ」
柳田は苦笑いして続けた。
「最近は凄いですよね、穢れの量も測定器を使えば数値化できるそうじゃないですか。一昔前は霊感持ちの感覚に頼るしかなかったので、特定の職員にかかる負担が膨大だと問題視されていました。機関の研究部には本当に頭が下がります」
「科学は怪異に立ち向かう人間の武器ですから!」
突然、逢が目を輝かせて力強い口調でそう言い放った。
柳田は驚いたように目を丸くしたが、この後何が起るかを察した四辻の口からは笑いが漏れた。
「昔から科学者達は怪奇現象に向き合ってきました。有名なのは、発明王トーマス・エジソンが研究していた霊界通信機でしょうか。彼は人間の魂もエネルギーの一つと捉えて研究を重ねていたそうです。
他にも、霊媒師の体から放出されて霊体を物質化させると考えられたエクトプラズムなどがありますが、当機関の研究部はそれらの研究を下敷きに研究を重ね、遂に怪異は——依り代という物質と霊体で構成された異次元の生き物——だということがわかったんです。
そうなるとこの世に生きている肉体を持つあたし達と怪異の違いは何なのかと疑問が湧いてきますが、物質と霊体の比率だとか、霊体の強度の違いが関係しているんじゃないかと、今も議論がされています。測定器の発明はこの問題を解明する手掛かりの一つになるんじゃないでしょうか」
熱を持った早口で説明を終えた逢は「それから——」とまた口を開こうとして、柳田が呆気にとられたような顔をしているのに気付いて我に返った。
「す、すみません……」
顔を赤くして俯いた逢に気を遣ってか、柳田は朗らかに笑った。
「なかなか面白いお話でしたよ。もしかして、日暮捜査官は、元は研究部に所属されていたんでしょうか?」
そう言いながら、柳田は管理室と書かれたドアを開けた。
逢は入ってすぐ、いくつか置かれているモニターが目についた。映像はどれも空の部屋を映しているようだが、何の意図をもって設置されたカメラとモニターなのかはすぐにわかった。
「あれ。担当者は席を外しているようですね……」
柳田は周りを見回したが、「まあいいや」と話を続けた。
「簡単に説明させていただきます。モニターに映っているのが、保護対象がいる部屋の様子です。安全の為、壁は入り口も含めて全てクッションで覆われています。レベルに合わせて拘束などの処置をさせていただきますが、全て安全の為です」
逢の想像通り、保護対象を監視するための設備のようだ。空の部屋を映しているだけなのに、逢はモニターの映像に寒気のようなものを感じて僅かに身震いした。
「治療方法はないんでしょうか?」
「いえ、一つだけ治療薬があります。イレイザーですよ。ですが使用した後もしばらく状態は安定しませんから、この施設は必要です」
「イレイザー……?」
「はい。あのイレイザーですよ。あれも便利ですよね、開発されてすぐは副作用が強すぎると問題視されていましたが、最近はそれもほとんどなくなったとか。私は情報部の出身なので、現役時代重宝させていただきました」
「柳田支部長」
四辻が唐突に口を開いてモニターのうち一つを指差した。
「一つ故障しているようです」
モニターの画面は真っ黒になっており、右上には「信号なし」の表示が出ている。
「ん? あれは——」
柳田の顔が強張った。
「保護された村人がいるはずの部屋です。先ほど担当からは、問題なくカメラは動いていると連絡があったはずですが……」
「たしか、精密検査の最中だったはずですね。部屋に案内してください」
四辻の声に緊張の色を感じ取った柳田は滝のような汗を流した。
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