K支部の異変

【10月14日 照魔機関K支部】

 

 ヘリコプターから降りた四辻と逢を、小太りの男性が出迎えた。


「お待ちしておりました。K支部 支部長の柳田です」


「未特定怪異特別対策課の神無かんな四辻よつじです。」

「同じく、日暮ひぐらしあいです」


 柳田は早速二人を屋上から建物の中へと案内した。彼は暑いのか緊張しているのか、額に浮かんだ玉のような汗をハンカチで拭っている。


「鏡様から直接お電話をいただきました。万が一に備え、懐刀であるあなた方を遣わすと……。まさか鏡様がそこまで当支部を気にかけてくださっていたとは夢にも思わず、感動のあまり受話器を落とすところでした」


 柳田は感動に声を震わせている。その様子に、逢は照魔機関内での祭神の影響力をひしひしと感じた。


「しかし、委員会の許可がなければ、いくらお二人でも村にご案内することは……」

「はい。承知しております。こちらで待機しつつ、支援するようにと仰せつかりました」

「申し訳ございません。代わりにこちらをどうぞ。現在村で起こっている天井下り事象の捜査記録です」


 四辻は柳田からファイルを受け取ると、閉じられていた数枚の紙に目を通した。


 その様子を逢は不思議そうに眺めていた。

(捜査権がないのに、捜査記録って閲覧していいものだっけ?)


 四辻は、困惑する逢に意味深な笑みを向けると、柳田へと視線を戻した。


「昨日発生したばかりなのに、よく一日でここまで調べられましたね」

「職員を総動員していますから。K支部はみとし村で新たに事象が発生した場合、速やかに捜査を行い報告することが義務付けられているんです」


「道理で、先程から支部内が慌ただしいと思いました」


 待機用の部屋に案内される途中だが、既に忙しそうに走り回っている調査員や、険しい顔でどこかに連絡している捜査員の姿がちらほらと見えた。しかし、支部の中が騒々しい理由はそれだけじゃないらしい。


「実は、村でまた遺体が落ちまして。それの対応に追われているんです。それなのに、警察からも人を寄越せと連絡がありまして……」

「おや。別の事件ですか?」


 四辻が尋ねると、柳田は困ったように頷いた。


「二時間ほど前、警察署に軽トラックが突っ込んだと連絡がありました。幸い怪我人は出ず、被害も大したことなかったようですが、運転手の様子がおかしいから、念のため診てほしいとのことで……。そういった対応はあちらの方が上手いでしょうに」


 そう言って柳田は苦笑したが、四辻は何かを思案するように顎に指を添えた。


「柳田支部長、運転手は今どちらに?」

「結局、連れてきて保護することになりました。そろそろ保護施設に到着する頃です」


 柳田が腕時計を眺めた時だった。窓際で電話をしていた支部の捜査員が駆け寄ってきて、柳田に耳打ちした。逢と四辻はその内容までは聞こえなかったが、報告を聞いた柳田の顔が瞬く間に険しくなったと感じた。


「申し訳ございません。急用ができてしまいました。すぐ別の者にお部屋まで案内させ――」

「事件ですか?」


 四辻が聞くと、柳田はハンカチで額の汗を拭った。


「実は、今さっき話していた軽トラックの運転手のことでちょっと――」

「ご一緒させていただいても?」


 詳細は不明だが、四辻が食い気味に発言するのを見て、逢は怪異が絡んでいると察した。


「私は構いませんが……。お二人はまだ、お荷物も下ろされていませんし、先にお部屋にご案内します。そのあと合流ということで」

「いえ。このままで大丈夫です。中身はほとんど捜査に使う物なので」


 逢が答えると、柳田は二人の荷物を見て目を瞬かせた。


 ♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


【10月14日 照魔機関K支部 保護施設前】


 四辻と逢は柳田の後をついて別館の保護施設へと移動した。保護施設はヘリポートがある本館から数メートル離れた位置にある長方形の二階建てで、逢が思っていたよりも新しそうに見えた。


「綺麗な建物ですね」

「うん。でも記録によるとこの建物が作られたのは1970年代だね。何度もリフォームされてるみたいだ」


「そういえば、1939年にみとし村付近の町で、村人が錯乱状態で発見されたそうですね。調査を進めると、村の周りではそういった目撃情報がいくつも確認できたとか……。当時、保護施設はなかったのでしょうか?」


 逢が確認すると、柳田が「戦前は叶いませんでしたが」と説明を始めた。


「この建物が建つ前、ここには戦後すぐに建てられた木造の保護施設がありました。完成してすぐ、最大二十人収容できた施設が満床になったそうです。戦時中に膨れ上がった鬱憤と不安が爆発して、そのような事になったと当時の調査官は記録しています」


 そう言って、柳田はカードを翳して入り口の鍵を開けた。


「ここ数年は使われませんでしたが、有事に備え、いつでも使えるように設備の手入れは行き届いているはずです」


 重いドアが開くと、建物の奥から何かの鳴き声が聞こえた気がした。耳を澄ましてよく聞いてみると、それは動物の鳴き声ではなく甲高い悲鳴だと気付いた。逢の表情が強張ったのを見て、柳田は苦笑いしてハンカチで顔を拭いた。


「機関の設定する防音の基準は満たしてます」


 何か言いたげな二人の目を無視して柳田は説明を続けた。


「この悲鳴の主は先程お話した、軽トラックの運転手でしょう。私は忙しさのあまり、ついおざなりな対応をしてしまいましたが、警察機関は優秀ですね。ちゃんと保護の対象者を連れてきてくれました」


 四辻は「まあ、当機関も元は警察の一部ですし」と苦笑いしたあと、運転手の詳細を訊ねた。


「運転手はみとし村の村民で、今朝山にキノコ狩りに出発した後、異常行動をとるようになったそうです」

「悲鳴からして、女性ですかね」


 逢が聞くと、柳田は「あっ」と声を漏らした。


「すみません、うっかりしておりました。村人という報告は受けたのですが、性別までは……」


 柳田はハンカチで額を拭った。気温はそれほど高くはないので、ストレスを感じているせいなのかと、逢は思った。

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