第2章 ■■の巫女

■■の巫女 ①

【10月14日 照魔機関 特設寮】


 酷い頭痛の中で、彼女は目を覚ました。


あいさん。気分はどう?」 


 聞き覚えのある声がした。そちらに目を向ければ、ソファの上に青年が座っていた。

 中性的な顔立ちに、琥珀色の目。光に当たると緑がかって見える灰色の髪という、どこか浮世離れした青年の妖しい美しさに、暫しの間逢は見惚れてしまった。


 逢の沈黙をどう解釈したのか、青年は少し困ったように微笑んだ。


「大丈夫? 自分の名前、思い出せるかな」

「えっと……」


「君は日暮ひぐらしあい照魔しょうま機関きかんに所属する捜査官」


 逢が「そうでした」と頷くのを見届けると、青年は次に自分自身を指差した。


「僕は神無かんな四辻よつじ。君は僕の巫女。いや、相棒と言った方がいいのかな。……ほら、君のノートにそう書いてある。君の字でね」


 手渡されたノートを読み返した逢は、失っていた記憶を一部取り戻した。


 照魔機関——超常現象や、怪異と呼ばれる異次元の存在による人的被害の対策を行う、秘匿された捜査機関。

 怪異とは、一般的に神や霊、妖怪などと呼ばれる超自然的存在の総称であるため、不確定な要素が多い。

 そのため機関が取り扱う事件は、怪奇現象や不能犯として報告されることがほとんどで、事件ではなく——事象や現象——と呼ぶケースが多い。


 何故そこに自分が籍を置いているのかは思い出せないが、目の前の青年とバディを組んでいたことは、今はっきりと思い出した。


「四辻さん、すみません。朝からご迷惑をおかけしました」


 直近の記憶がない。とにかく状況を把握する為に、逢は辺りを見回し、一点を見つめた。栗毛色の髪に、榛色の目の若い女が逢を見つめ返している。鏡の中の自分は、仕事用のブラウスを着てベッドに座っていた。


 逢は鏡を見ながら折れた襟を直した。


 (皺が少ないから、昨日着替えずに寝ちゃった訳じゃなさそう)


 次に、ノートを開いた。頻繁に記憶障害を起こす逢は、起きた出来事を都度ノートに記録していた。

 しかし、ノートは昨日の日付で止まっている。


 (朝起きてからの記録がない。書き忘れた?)


 部屋の中にはコーヒーの香りが漂っている。四辻は二人分のコーヒーを用意しているようだった。


(ここはあたしの部屋。だから、たぶん四辻さんを呼んだのはあたし。でも、どうしよう……何で呼んだのか思い出せない)


 逢が困惑した表情を浮かべていると、事情を察した四辻が口を開いた。


「良いコーヒー豆が手に入ったから、一緒に飲まないか僕が誘ったんだ」


「……思い出しました。前にあたしの部屋で捜査会議をした時、四辻さんがミルをあたしの部屋に置き忘れたんですよ。だから取りに行こうとして、それで……えっと」


「なかなか戻って来ないから、様子を見に来たら倒れている君を見つけた。だからベッドに寝かせて、起きるまで様子を見ながらコーヒーを淹れていたんだ。……飲めそう?」


「い、いただきます」

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