第10話 解放への道標
鬼切が深い森の中へと下がっていく。亮一の機体は損傷を抱えつつも、ミナトによって大破させられた部下の機体を支えていた。
亮一はコックピットの中で冷静に指示を送っていた。
「孔雀の三の回収に移る。孔雀の四、移送準備を急げ。追撃の兆候はないが、念のため警戒を怠るな。」
部下たちは緊張感の中で迅速に動き、損傷機を回収する作業を進める。
『了解!』
通信越しに応答が返る中、亮一は一瞬、背後の静寂に視線を送った。増援として現れた二機の魔導機の圧倒的な連携が、未だ頭にこびりついている。
「……次こそは、必ず。」
亮一は小さく呟き、機体を方向転換させた。
亮一たちが森の暗がりへと消えていくのを、ミナトは大破した霞切のコックピットからじっと見つめていた。森のざわめきが収まり、静寂が周囲を包み込む。
「これで、一段落、かな。」
軽快な声が背後から響く。ミナトが振り返ると、さっきまで凄まじい機動を繰り広げていた魔導機が悠然と降下し、巨大な影が森の木々を揺らした。さらにその背後から、もう一機の機体も上空から静かに降り立った。
「無事で良かった!」
パイロットの少女は魔導機から軽やかに降りると、すぐに涼の元へ駆け寄る。彼女の顔には屈託のない笑顔が浮かんでいるが、その手つきは冷静そのものだった。
「ひどく消耗してる……急いで医療班に任せないと。」
一方、もう一機のパイロットである青年は鬼切の退却方向を見つめ、冷たい口調で告げる。
「敵は撤退したが、ここに長居するべきではない。」
彼の視線が時計を一瞥する。
「瑠璃、周辺の痕跡を消せ。俺はこの霞切を運び出したい。」
「了解!」
瑠璃と呼ばれた少女は即座に魔導機に戻り、センサーを撹乱する術式を仕掛け始めた。その動きには、戦場に慣れた者だけが持つ落ち着きがあった。
ミナトは立ち尽くしながら涼の体を支え、彼女のか細い息遣いを感じていた。冷たい夜の風が吹き抜け、森の静けさが胸に重くのしかかる。
「お前たち……一体何者だ?」
ミナトは自らの声が震えているのを感じながら、青年に問いかけた。
颯太はその言葉を受け止めつつ、短く答えた。
「志賀颯太だ。俺たちは……反逆者、朝敵、社会の敵、レジスタンス……解放軍。色々呼ばれている。」
その言葉は夜の静寂を切り裂くように響き、ミナトの胸に深く刻まれる。
「朝倉ミナトさん……ですね?高いところからごめんなさい。若宮瑠璃と言います。先日の、大牟田の廃工場で特機部隊と戦ったと聞いてます。お会いできて光栄です。」
「戦ったのはそうだが……どこからそれを?」
魔導機を屈ませて挨拶する瑠璃を見上げながらも怪訝な表情を浮かべる。
「有名人ですよ。旧式の霞切で特機部隊の雷切相手に大暴れしたって。九州の魔法使いの中で、あなたのことを知らない人はいないと思います。」
「冗談だろ……」
思わず頭を抱える。
「瑠璃、ちゃんと警戒してくれ。足を探さないといけないんだから。」
「……移動手段ならある。結構離れたところにあるんだが。」
ミナトの方を振り返る颯太。自身の魔導機に乗り込み、魔導機のセンサーを使って捜索しようとしていたのだろうか。
「俺が使ってた隠れ家に、セダンとトレーラーがある。俺の霞切を動かすんなら丁度いいと思う。」
古いセダンのエンジン音が、静寂に包まれた森の中を震わせていた。
ミナトはハンドルを握りしめ、ちらりとバックミラーに目をやる。後部座席には毛布を被せられた涼が横たわっている。満身創痍とでも言うべき彼女の顔は青白く、そのか細い息遣いが車内に微かに響いていた。
牽引トレーラーには、損傷し大破した霞切が固定されている。魔導機の装甲に刻まれた無数の傷跡は、先ほどの戦闘の激しさを物語っていた。
「……こんな形で使う羽目になるとは。」
ミナトは小さくつぶやき、再び前方に視線を戻す。上空では、瑠璃と颯太の魔導機がセダンを護衛するように飛行していた。
瑠璃の魔導機は低空を滑るように飛行していた。彼女の動きには軽快さがあり、森の影を縫うように進む様子は、まるで遊びを楽しむかのように見えた。
一方、颯太の魔導機はやや後方を飛び、広範囲をカバーするように監視していた。その操作は冷静で精密だった。
『颯太、そろそろ合流地点だよね?』
瑠璃が通信で問いかける。
『ああ、あの先に待機している。準備は整っているはずだ。』
瑠璃がくるりと機体を旋回させ、地上を見下ろしながら呟く。
『ずいぶん消耗してるみたいだね。』
颯太は軽くため息をついた。
『無理もない。あの状況を乗り越えたばかりだ。余裕があるはずがないだろう。』
山の中腹にある開けた平地。
森の奥深くに隠されたこの場所には、解放軍の車両や魔導機が数台待機していた。周囲には迷彩ネットが張られ、地形に溶け込むようにカモフラージュが施されている。
ミナトのセダンがその場に到着すると、待機していた解放軍のメンバーたちが素早く動き出した。
ミナトはエンジンを切り、ため息をついた。
目の前で忙しく動く解放軍のメンバーたち。その効率的な動きに彼は驚きを隠せなかった。
「寄せ集めだと聞いていたが……これが本当にその程度のものか?」
森の中腹、カモフラージュされた拠点。まるで戦場の最前線を切り取ったかのような光景だった。
輸送担当の女性が車に近づき、後部座席を覗き込む。
「この子が涼ちゃんね。よくここまで頑張って……。」
彼女の言葉には親しみと憐れみが滲んでいた。
輸送担当の女性は手慣れた様子で涼の状態を確認し、担架を準備する。
「大丈夫、すぐに応急処置をするわ。拠点に着いたらもっと詳しく診られるから。」
ミナトはじっと涼の顔を見つめた。
「ここまで連れてきたのは正しい選択だったのか……?」
彼女の息遣いは弱々しく、まるで今にも途絶えそうに思える。それを見るたびに、胸が締めつけられるようだった。
自分には彼女を守る力などなかった。その現実を、戦闘のたびに突きつけられているようだった。
整備員は牽引トレーラーに積まれた霞切を見て、眉をひそめた。
「ずいぶんやられたな……駆動系は完全に死んでる。炉もオーバーホールしないと無理か……拠点まで持ち込まないと、これは厳しいな。」
周囲では、警備担当の若者が興味津々にミナトと涼を眺めていた。
「彼らが噂の生き残り……本物なのか。」
そのつぶやきに、輸送担当の女性が軽く叱るように声をかける。
「持ち場に戻りなさい!」
瑠璃は魔導機から降り立つと手を叩き、周囲の隊員に軽快な口調で指示を出す。
「はい、みんな急いで!この子は早く医療班へ。それと、私たちの機体への補給を!」
颯太は担架を担いでいる女性に歩み寄り、冷静に状況を説明する。
「脈はあるが魔力の消耗が激しい。拠点まで何としても連れて行こう。」
瑠璃がちらりとミナトを振り返り、笑顔で言う。
「こういう時こそ感謝の言葉を言うべきじゃない?」
ミナトは言葉に詰まり、視線を逸らした。
「感謝、か……」
自分が彼女たちに感謝を述べるのは当然だろう。だが、それが彼にとってどこか後ろめたく感じられるのはなぜだろう。
「助けられてばかりだな、俺は。」
その事実が、ミナトの中でどうしようもない無力感として根付いていた。
「……ありがとう。」
味方たちとの短い合流を終え、一行は再び出発する。目的地は高千穂———彼らの活動拠点が存在しているらしい。
瑠璃と颯太は再び魔導機に乗り込み、セダンを先導する形で移動を開始した。
颯太が通信で短く指示を送る。
『高千穂まであと少しだ。だが、油断はするな。』
瑠璃が軽く返す。
『了解!じゃ、行くよ!』
ミナトは再びハンドルを握り、エンジン音に耳を澄ませた。
霧深い山道を進む中で、彼の胸には一つの疑問が渦巻いていた。
「彼らは何者なんだ……?」
自分たちの命を救った解放軍。彼らの力と組織力に疑念を抱きながらも、同時に興味を抑えきれなかった。
「こんな場所で生き延びて、何を目指している……?」
その答えを知るには、まだ時間がかかりそうだった。
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