第9話 白の脅威、少女の叫び
『System Initialization.
Conducting mana coefficient measurement... Fixed at 0.8.
Pseudo-neural circuits magically stabilized.
Reactor operating at stable output levels.
All drive systems successfully powered.
Error detected in hydraulic systems.
Error detected in sensor module.
Operation is not recommended. 』
「厳しいか、やはり……?」
起動した霞切のHUDに、エラーを知らせる警告文が表示されている。油圧システムとセンサー系に異常が起きている様だった。
先日の廃工場での戦闘でもそうだったように、霞切の信頼性は日に日に低下している。ミナトによる整備があれど、個人でやれることには限りがあり、今の霞切は既にその限度を越えているのだ。
「だとしても!」
ここで引く訳にはいかなかった。このまま戦闘が戦闘が続く中でこの隠れ家に隠れ続けるのは難しい。高度な魔法使いであれば、隠匿の結界を張っているということ自体に気づいてしまう。より高度な、結界使いと呼ばれる専門的な魔法使いであればともかく、ミナトはあくまでも普通の魔法使いより少しだけ高度な結界が使えるレベル。
国家機関を相手にするには厳しいものがあった。
ましてや、あの白い魔導機はおそらく対魔四課と同じく魔法庁直属の対魔法使い捜査機関、通称「執行部隊」の機体だろう。特機部隊が、魔法使いであるかないかを問わず包括的な治安維持を行う為に、機動隊が保有する魔導機部隊だとするなら、執行部隊は対魔法使いを前提としその確実な確保・殺害を前提とした特殊部隊だ。詳細な名称は明かされていないが、特に魔導機絡みの事案で出てくる。
ミナトは一度、あの白い魔導機を見たことがある。とはいっても実機ではなく、雑誌か何かという形ではあったが……その後明確にどこに配備されたかなどは明かされていなかったが、ネット上では軍では無く魔法庁に配備されたのではないかと噂されていた。
まさに、噂は真実だったというわけだ。
「ミナトさん、来ます!」
「すまん涼、やはりお前も乗れ!隠れ家は放棄する!」
驚いた顔の涼。だが、視線の先に佇む白い魔導機を見て、立ち止まる暇がないことを理解したようだ。
口を開く前に霞切のコックピットへ飛び込む涼。その直後、目の前の白い魔導機からの魔弾が飛来する。
コックピットのハッチを締め切る前に思い切り跳躍する。
それに合わせるように、白い魔導機も飛翔し、空中のミナトたちへ向け攻撃を行う。
「警告も無しか……ッ!」
なんとかハッチを閉め、もみくちゃになりながらも機体を制御する。
霞切はいわゆる第三世代型魔導機と呼ばれ、より二足歩行機械としての性能を高めるため脊椎型ユニットを軸に構築されている機体のことを指す。対して、眼前の白い魔導機はその飛行性能から第四世代型か。
第四世代機はその特徴として、魔法制御による空中機動を可能としている。対する霞切は第三世代。魔法を用いることで人型に似つかわしい跳躍は実現出来るが……空中制御には物理的なスラスターが必要になる。資源に乏しいミナトにそんなものを充足させるのは難しく———
(空中ではただの的か!)
瞬く間に高度の不利を押し付けられ、上からの攻撃にただただ魔法障壁を展開し耐えるしかなかった。
それだけではない。
着地の瞬間、ミナトは霞切の脚部に向け魔法を発現する。
「クゥッ……!これでも、厳しいか!」
硬い衝撃が、ミナトと涼を突き抜ける。
機体の脹脛の部分に設けられた巨大なダンパー。本来であれば機体の衝撃吸収を行う重要な部位だが、先日の戦闘以降、完全に油圧が無くなっている。
着地の際、足元に魔法陣を展開し、疑似的に衝撃の緩衝を試みたが、大した効果はない。
「こっちにはバッテリーも無い……俺の魔力だけとなると、10分持つかどうか……」
「ミナトさん!このまま戦うなんて……!」
「今降ろせるか!死ぬだけだぞ!」
だが、このまま乗せ続けても同じことだとは言うまでも無かった。
(せめて廃村の方まで行けば……!)
涼を降ろすことが出来る。
ミナトが時間稼ぎに徹せば、あるいは涼を生きて逃がすことが出来る。
俺の無事は多分無いだろうが、涼さえ生き残れば。彼女を助けたことにも意味が生まれる。
「……ここから村まで逃げる。そこで降ろすぞ。」
「村って……もっと敵がいるじゃないですか!?死ぬ気ですか!?」
「あそこなら道がある。俺が時間を稼げば、うまいこと逃げられるかもしれない。変なところで降ろして遭難されるよりずっとマシだ。」
「ッ……!」
落ち着いたミナトの口調に、涼は何も答えることが出来なかった。
「いずれにせよ、目の前のアレをどうにかしないと。落ち着いて逃げおおせることも出来ない。」
眼前の白い魔導機は、空中から静かに、だが確固たる殺意と共に見下ろしていた。
「孔雀の三は何をしている?」
『……現在、不明機と交戦中。おそらく、先日特機部隊が仕留め損ねたものかと。高魔力環境にあるため通信出来ないみたいですね。』
「迎撃されたかと思えば……新人を乗せるべきでは無かったか。」
『隊長。目の前のこれはどうします?』
「パイロットは確保。機体は潰してしまおう。どうせただの霞切だ。持ち帰ったところで、文句しか言われん。」
筑紫亮一。隊長と呼ばれた彼は、執行部隊の指揮官を務める一人だ。魔法庁内に設置された捜査機関の内、単なる魔法犯罪の捜査取締りを行うのが各対魔課(九州地区は対魔四課の管轄)であり、魔導機犯罪に関しての捜査取締りを行うのが執行局だ。特に、実働部隊は執行部隊と通称されているが、他機関と違い職務の多くは秘匿されている。
『では、自分はパイロットを後続へ引き渡してきます。』
「頼む。では、我々は孔雀の三と合流する。孔雀の二、良いか?」
『了解。』
亮一の部隊はそのコールサインから孔雀隊と呼ばれており、四機の魔導機で編成されている。
機体は全て新型機「鬼切」が割り当てられており、その戦闘能力だけであれば国軍の部隊にも匹敵するほどであった。
「不幸なものだな。ガラクタの民生機で我々の相手をするとは……」
『遠方に新たな反応、反応からして同じ連中です。二機来てます!』
「これで五機か。一体どこから持ってくるのか。」
反応した二機の機体は、恐らく工業用の機体なのだろう。腕部にアタッチメントの取付を行えるような改造の施された機体だった。
「すぐに片付く。焦らず行くぞ。」
鬼切を相手にしていたミナトは、しかしながら、存外にもかなり善戦していた。
「地上戦の方が、逆に叩けないのか!」
竹林の中に身を隠しながら機体を機動させる。
恐らくだが、相手はそうそう大それた攻撃が出来ない。廃村を壊しました程度なら誤魔化しが効くだろうが、不逞魔法使いを追いかけていたら竹林が燃えて山火事になりましたなんてのは流石に誤魔化せないのだろう。
どうやら相手の腕も大したことは無さそうだ。
宙に浮かんではいるが、足取り(と呼んでいいのかわからないが)もどこか覚束ない。
(ここで一機落としておけば……!)
「涼、しっかり掴まれ!」
「え、ミナトさん!?」
竹林の中を滑るように機動していた霞切を、突如として制動し、思い切り跳躍する。
目標は空中に浮かぶ鬼切。当然ながら、相手はその手に携行した拳銃型の大型魔導具で魔弾を放つ。
だがそれを、被弾覚悟で突っ切り、相手の間合いへ入ることに成功した。
「一撃で、終わらせなければ!」
ミナトの虹彩の輝きがより紅くなる。
それに呼応するように、霞切の胸部が紅く発光する。
『……なんだ、その魔力は!?』
高魔力環境故か、恐らく敵機のパイロットからのものと思われる声が響いてくる。
「……若い!?」
動揺する。
明らかに若い少年の声。涼と同い年くらいだろうか?
「……銃口を向けるから!」
胸部に魔法陣が展開される。
あの時、廃工場で、特機部隊の魔導機を迎撃した光線。
「ここから避けれるか!?」
そう叫び、光が放たれる。紅い光線。この機体が、明らかにただの魔導機ではないことを示す、何よりの証。
『光がっ!?ウワァッ───』
高出力の魔力を直接叩きつける。長い呪文も、高度な魔道具も必要無い、単純な力技。
だがそれも。かつて焔と呼ばれた、ボロボロの魔導機と、それを操る者の力により、驚異的な火力を生み出した。
ミナトは霞切を慎重に廃村の一角へ滑り込ませた。周囲に広がるのは、朽ち果てた建物と、静寂だけが支配する無人の集落。かつての人々の営みを象徴するような家屋の残骸が、無造作に積み上がっている。
「ここで降りろ、涼。」
霞切のコックピットが開き、冷たい夜風が流れ込む。ミナトの声は低く、どこか硬かった。
「……ミナトさんは、どうするつもりなんですか?」
涼は戸惑いの表情を浮かべたまま、狭いコックピットの中で彼を見上げた。彼女の瞳には、不安とわずかな恐怖が混じっている。
「俺は囮になる。このままじゃお前を守りきれない。」
ミナトは短く答えた。視線は正面を向いたままだが、その奥には迷いが垣間見えた。
「そんなの……ダメです!」
涼はすぐに反論した。「ここで私を置いていっても、あの白い魔導機が追ってきたら――」
「追ってこないさ。」
ミナトは涼の言葉を遮った。「奴らの目的は俺だろう。それに、ここなら少しは時間を稼げる。建物も多いし、お前が隠れるには十分だ。」
「でも……!」
ミナトは一息つき、静かに続けた。「使いこなせもしない力で戦えば、返り討ちに遭うだけだ。だから――お前はここで生き延びる。それが今、最善の選択だ。」
涼は言葉を失った。ミナトの声には、確固たる決意が宿っていた。どんなに反論しても覆ることはないと直感で分かった。
「……分かりました。」
涼は小さく頷いた。その声は震えていたが、それでも必死に覚悟を決めようとしているのが伝わる。
ミナトは霞切を降り、彼女を促すように手を差し出した。涼がそれに掴まり、よろめきながら地面に足をつける。
「奴らが近づいたら、静かに隠れるんだ。」
涼は震える手で拳を握りしめた。「ミナトさん……本当に戻ってきますよね?」
「約束はできない。」
ミナトは涼の目を見ずに答えた。その言葉は、涼の心に重くのしかかる。
「だけど、俺はお前を生き延びさせるためにここにいる。それだけは覚えておけ。」
彼の言葉には、どこか父親のような温かさが感じられた。
「ミナトさん……」
涼は彼に何か言いたそうだったが、言葉が出てこない。
「じゃあな。」
ミナトはそれだけ言うと、再び霞切に乗り込んだ。コックピットが閉じられる音が響く。
魔力炉が再び唸りを上げると、霞切はゆっくりとその場を離れ始めた。涼は立ち尽くし、その背中を見送る。
霞切の脚部が地面を蹴り、廃村の林を疾走する。HUDには二機の鬼切が表示されていた。孔雀隊は本来四機編成のはずだが、そのうち一機は拿捕した魔導機パイロットを後方へ移送中。もう一機は、つい先ほどミナト自身の手で戦闘不能にした。
「二機……相手は減ったが、楽観できる状況じゃないな。」
ミナトはHUDを見据えながらつぶやいた。
「孔雀の三、応答しろ。」
亮一は通信機越しに声を飛ばした。だが、帰ってきたのは短い応答だった。
『こちら孔雀の三。機体損傷が激しく、戦闘継続は不可能……申し訳ありません。』
亮一は軽く舌打ちした。「分かった。残りの二機で墜とす。孔雀の二、連携を意識しろ。」
林の中を進む亮一の鬼切は、慎重に木々の間を抜けながら、霞切の反応を追っていた。
「ガラクタの割に、ずいぶんと動きが洗練されている。」
亮一は独りごちるように呟き、次の瞬間、視界に何かが閃くのを捉えた。
「孔雀の二、位置を知らせろ!」
『敵影を発見、追跡を開始します。』
亮一は即座に命令を下した。「追い詰めすぎるな!囲い込むんだ!」
ミナトは木陰に霞切を隠し、息を潜めた。二機の鬼切がゆっくりと包囲網を狭めてくる。
「半分とはいえ厄介だな、やはり……。」
霞切のセンサーは、木々の間を進む白い機影を捉えている。
「どう動く……?」
ミナトが策を練る間もなく、閃光が彼のすぐ頭上を掠めた。
「クソッ!もたつく暇も無いか!」
彼は即座に霞切を反転させ、木々の間を跳躍する。しかし、その動きすらも鬼切に読まれていた。
「孔雀の二、背後を取れ!」
亮一が冷静に指示を飛ばす。その瞬間、一機の鬼切が跳躍し、霞切を挟み撃ちにする形で動いた。
「やはり……動きが厄介だな!」
ミナトは霞切を急旋回させ、防御用の魔法障壁を展開。攻撃を防ぎつつ、反撃の隙を伺う。
「だが、どこかで見た動きだ……。」
亮一の中で、疑念が次第に膨らんでいく。その操縦技術と戦術的な判断力──記憶の奥底に埋もれていた何かが蘇りつつあった。
「隊長、敵機の動きを封じます!」
孔雀の二が攻撃を仕掛けるが、その瞬間、ミナトが巧みにかわし反撃に転じた。
霞切の腕部が紅い光を纏う。そして、一撃が鬼切の肩部装甲を貫き、関節を破壊する。
「しまった!」
亮一が声を上げるが、時すでに遅い。続けて手刀が振り下ろされたことで、孔雀の二は完全に動きを止めた。
「一機を落とした……。」
亮一の鬼切がすぐにミナトの機体に向かう。その距離が縮まった瞬間、霞切の頭部へ一撃を放ち、装甲が砕けた。
露わになったコックピット。その中に座る操縦者の顔を見た瞬間、亮一は言葉を失った。
「……お前は……!」
見間違えるはずがない──それは、かつての戦友、秋月種文だった。
「秋月……なぜ、お前がこんなところに……?」
鬼切の照準が霞切を捉えていた。ミナトの霞切は防御の魔法障壁を張っていたものの、機体の損傷は深刻で、次の攻撃を防ぎきれる保証はない。
亮一は冷静に状況を見極めながら、通信を繋げた。
『……秋月なのだろう?聞こえるか。』
その名が通信越しに響いた瞬間、ミナトは微かに目を細めた。
「……秋月種文は死んだ。」
ミナトは冷たく返す。「今ここにいるのは、ただの魔法技師、朝倉ミナトだ。」
『ふざけるな。お前がただの技師で済むはずがないだろう。』
亮一の声には珍しく感情が滲んでいた。
『俺に説明しろ、なぜここにいる?なぜそんなのを駆って戦っている?』
ミナトは短く息をつき、視線を鬼切の動きに向けたまま答える。
「……生きているだけで、理由が必要か?」
『お前が死んでから、俺たちはどれだけ苦しんだか分かるか!?』
亮一の声が低くなった。『特戦局が解体された後、残された俺たちはそれでも前を向こうとした。それなのに……。』
「だからどうした。」
ミナトの声は冷たかった。「俺は生き残っただけだ。それに何の問題がある?」
『問題があるかどうかは、お前次第だろうが!』
亮一の鬼切がわずかに前進する。その動きは攻撃ではなく、圧力をかけるようなものだった。
『答えろ、秋月。お前は何を背負い、何を捨てた?』
ミナトは一瞬だけ言葉に詰まった。そして、薄く笑みを浮かべた。
「俺が捨てたのは、過去だ。お前が背負ってるものなんかじゃない。」
霞切がかすかに動き、距離を取ろうとする。
『逃げるのか?』
亮一は問いかけるが、その言葉には怒りではなく、失望が滲んでいた。
「俺はもう戦う理由がない。」
ミナトは淡々と言い放つ。「お前には分からないだろう。全部失った人間がどうやって生きるのかなんて。」
『貴様が死んだと言うなら、今ここで確かめてやる!』
亮一は迷うことなくトリガーを引いた。鬼切の手に握られた大型の魔導銃が轟音を立て、魔力の弾丸を放つ。
「くそっ……!」
ミナトは霞切を跳躍させ、間一髪でその攻撃を回避した。だが、頭部の損傷が深刻でセンサーが正常に機能していない。
『いい判断だが、そんな機体では!』
亮一は冷静に機体を操作しながら、通信を続けた。
『お前はかつて、国家に忠誠を誓った。今の行動がその誓いに反しているとは思わないのか!?』
「誓いだと?」
ミナトは嘲笑を漏らした。「俺は国家に全てを奪われた。誓いなぞとうに消えた!」
『奪われたから裏切る?それで自分を正当化するつもりか!』
亮一の声が鋭くなる。『そんな甘えた考え方では、この国も、お前自身も救われない!』
「救われないのはお前の方だ!役人風情が、国を変えられるとでも思うのか!?」
ミナトはHUDのエラー表示を無視して、霞切の膝部スラスターを強引に自身の魔力で稼働させた。高速で移動しながら鬼切の右側に回り込み、接近戦を仕掛ける。
『やる気か……!』
亮一はすぐに反応し、鬼切を旋回させる。だが霞切はその動きの隙を突き、鬼切の側面に打撃を加えた。
「こんな鉄屑でも、お前の動きは分かる!」
ミナトは低く呟きながら、再び攻撃を仕掛ける。
二人の激闘が続く中、廃村の地形がさらに戦いを複雑にする。瓦礫や倒壊した建物を盾に使いながら、ミナトは攻撃をかわし続けた。
『さすがだよ、秋月。』
亮一は皮肉を込めて言う。『その技量がまだ残っているなら、なぜこの国のために使おうとしない!?』
その瞬間、鬼切の一撃が霞切の脚部を直撃した。膝関節部が砕け、霞切が不自然な姿勢で崩れ落ちる。
『終わりだ、秋月。』
亮一の鬼切がゆっくりと近づき、止めを刺す体勢を取る。
しかし、ミナトはまだ操縦桿を握り続けていた。
「ただで……終わるものかっ!」
霞切の胸部から紅い魔力がほとばしり、至近距離で高出力の魔弾を放つ。
『……っ!』
亮一の鬼切が衝撃を受けて後退する。しかし、その程度では戦局を覆すことはできなかった。
『無駄な足掻きだ。』
戦いの中で消耗したミナトの魔力では、障壁を貫くほどの出力は無かった。
亮一は体勢を立て直し、鬼切の魔導銃を再び霞切に向けた。
「分かっている……俺に、これ以上は……」
ミナトは操縦桿を手放すように力を抜いた。霞切の炉が低い音を立てて停止する。
「機能停止か。」
亮一は通信を切り、静かに息を吐いた。彼の目には微かな失望の色が浮かんでいる。
霞切の炉が停止し、機体が動きを止める。亮一の鬼切が静かに武器を構え、止めを刺す体勢に入る。
ミナトはコックピットの中で荒い息を吐きながら、視界がぼやけていくのを感じていた。体力も魔力も底を突きかけている。
「ここまでか……。」
自嘲気味に呟いたその声には、ほんの少しだけ悔しさが滲んでいた。
その時、森の奥から駆け寄る小さな足音が響く。
「ミナトさん!」
涼の声だった。
亮一の視界に一瞬、動く影が映る。
『誰だ?』
亮一が通信を開きながら周囲を警戒する。しかし、その影はすぐに霞切の傍らまで駆け寄った。
「何をしてるんだ……逃げろ……!」
ミナトが掠れた声で警告する。しかし、涼はその場を離れようとしなかった。
「ダメです!私を置いて死ぬなんて、そんなの許しません!」
涼の目には涙が浮かび、震える声の奥には揺るがない決意が込められていた。
亮一は状況を静かに見つめていたが、その動きが止まることはなかった。
『感情的な行動は命を縮めるだけだ。』
彼は冷徹に告げると、再び霞切に向けて武器を構えた。
その瞬間、涼の体を包む空気が変わった。
「やめて……!」
涼が叫ぶと同時に、周囲の空間が微かに震え始めた。
亮一が警戒の声を上げる。『……魔力反応が急激に上昇している?』
涼の虹彩が白銀に輝き、風が彼女を中心に渦を巻くように吹き荒れる。彼女の手が自然と宙を指し示すと、廃村に散らばる瓦礫が次々と浮かび上がった。
「やめてよ……ミナトさんを……!」
涼の声が悲痛に響く中、その手が鬼切に向かって振り下ろされる。瓦礫が怒涛の勢いで亮一の鬼切に向かって放たれた。
「くっ……!」
亮一は即座に魔法障壁を展開し、攻撃を防御する。が、その衝撃に一瞬体勢を崩した。
『……この力は……!』
彼は驚きと警戒の入り混じった表情で涼を見つめる。
霞切のコックピットで、ミナトは朦朧としながらもその光景を見上げていた。
「涼……。」
彼は呟き、力なくその名を呼んだ。
瓦礫がすべて使い果たされた後、涼はその場に膝をつき、荒い息を吐き始める。覚醒の代償が、すでに彼女の体に負荷をかけていた。
「まだ……終わらせない……!」
涼は震える手で地面を掴み、再び立ち上がろうとするが、その体は限界を迎えつつあった。
『秋月種文、そして……篠塚涼だったな。』
亮一の声が通信越しに冷たく響く。『二人とも、ここで終わりだ。』
ミナトは霞切のコクピット内で微かに笑みを浮かべた。「結局お前も、何も変わっちゃいないな。」
亮一はその言葉に一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに表情を引き締めた。
『反逆者の末路だ。お前もよく分かっているはずだろう。』
彼は涼に視線を向ける。『その才能は惜しいが……おとなしく揃って投降していれば、俺がなんとか出来たかもしれないものを。』
涼はその言葉に強く反発するような視線を返したが、体が動かない。
亮一は静かに引き金に指をかけた。その瞬間、彼のセンサーが異常反応を検知する。次の瞬間、鋭い閃光と共に森の上空から二機の影が現れた。
「……増援!?」
亮一が眉をひそめる間もなく、そのうちの一機が鬼切に迫り、目にも留まらぬ速度で攻撃を加える。
「何だ、この動き……!」
亮一の鬼切が大きく揺れる。
もう一機は、距離を取りながら高高度から正確な射撃を放つ。その一撃一撃は鬼切の行動範囲を確実に制限し、彼を包囲網の中に追い込んでいった。
『さあ、ここからどうするの?』
通信越しに軽快な声が響く。
「クソ……!」
亮一はすぐに状況を見極めようとするが、瑠璃の機体はその隙を与えない。高機動を活かした撹乱攻撃で彼を翻弄し続ける。
『筑紫亮一さん。』
颯太の冷静な声が遠方から聞こえる。『あなた方の敗北は確実です。ここで我々を見逃していただければ、お互いに無駄な犠牲を生まずに済む。手負いの魔導機二機くらい、ここからでも終わらせることが出来るんですよ?』
「……反逆者め。」
亮一は静かに息を吐きながら、歯を噛み締めた。
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