第8話 静寂の終焉
竹林の静寂を引き裂くような爆発音が響いた。その衝撃波が空気を押し出し、隠れ家の窓ガラスを微かに震わせる。 爆発音の直後、竹林の葉が散り、小枝が乾いた音を立てて地面に落ちた。
突然の轟音に涼の心臓は飛び跳ねるようだった。耳鳴りを感じながら、反射的に自分の肩を抱きしめる。心臓の鼓動が自分の鼓膜を打ちつけるようだった。何かが崩れるような音が続き、遠くで小鳥が驚いたように鳴き声を上げて飛び立った。
「な、何が……?」
息を飲みながら布団を掴む涼の耳に、ミナトの低い声が響いた。
「外だ。竹林の向こうで何かが起きている。」
声が震えているのを自覚しながらも、隣を見るとミナトはすでに身を起こし、冷静に外を見据えていた。
ミナトの目が一瞬で鋭く光り、竹林の向こうに視線を向けた。
「この音、通常の火薬ではない。魔導機同士の交戦だな。」
彼は口の端をわずかに引き締めた。経験に裏打ちされたその一言が、涼をわずかに落ち着かせるようだった。
「かなり近い。すぐ隣の廃村を狙ってるのかもしれない。」
その一言が、場の緊張をさらに引き締めた。ミナトは冷静に声を絞り出しながら、背後の工具棚に置いてある短剣型の魔道具を手に取った。その目は、既に戦闘を予感しているように鋭い光を宿していた。
「涼、荷物をまとめろ。必要最低限のものだけだ。」
「でも……。」
涼が動揺しながら答える。
「いいから動け!」
ミナトの厳しい声が室内に響いた。普段の冷静な彼の態度とは一線を画す緊迫感に、涼は息を呑む。
ミナトは慌ただしく隠れ家を出て、竹林の中に目を向けた。薄明かりの中、遠方の空にいくつかの黒煙が揺らめいているのが見える。その方向は、隠れ家から南東に位置する谷の方角だった。
その黒煙は少しづつこちらに近づいてきており、それを示すように、あたりには焦げ臭い匂いが漂っていた。
「……嫌な気配だ。」
呟きながら、ミナトは懐から古い懐中時計を取り出した。その表面には細かい魔法陣が刻まれ、微かに光を放っている。
時計の針が震え、次第に爆発があった方向を指し示した。
「近い……いや、近すぎる。」
その声に、隣から涼が恐る恐る口を開く。
「ミナトさん、これって……警察の?」
「可能性は高いな。だがまだ断定するな。動きが大胆すぎる。もしかしたら、大規模な戦闘が起きているのかもしれない。」
隠れ家に戻った二人はそれぞれの準備を進める。
「涼、結界を強化しろ。このままでは持たない。ここがバレる前に少しでも時間を稼ぐぞ。」
「わかりました!」
涼は震える手で隠れ家の四方に設置した魔導具を確認し、魔力を込めていく。
この魔導具によって、隠れ家からおおよそ100mに人避けの結界が貼られている。だがそれも、これほどの戦闘が起きれば意味はない。魔導機同士の戦闘であれば、交戦時に放出される魔力により結界が打ち消されることも十分あり得る。
涼の手から青白い光がほとばしる。その光は結界の四方に張られた魔導具に流れ込み、微かに震える膜を形成した。
「集中して……もっとしっかり……!教えてもらった通りにやれば……!」
涼は両手を広げ、指先から青白い光を紡ぐように送り出す。魔導具の表面が脈打つように輝き始めたが、その感覚は生き物を制御するかのように繊細だった。
「もう少し、あと少し……!」
光が四方へと広がり、透明な膜が結界を包むように形成される。その瞬間、彼女の額には汗がにじみ、息が荒くなる。
「あれだけ練習したのに……こんな時に、失敗できない。」
涼は目を閉じ、意識を集中させた。彼女の指先から放たれる青白い光は時折揺らめき、安定するまでに時間がかかった。汗が額を流れ落ち、視界が霞む中で、涼は自分に言い聞かせるように繰り返した。
「やれる……やらなきゃ……!」
涼は自分自身に言い聞かせるように呟き、魔力をさらに送り込む。隠れ家を包む見えない盾が、まるで生き物のように脈動しているのを感じた。
一方、ミナトは霞切を載せた牽引トレーラーに向かい、その整備を始めた。
外されていた霞切の装甲を取付つつ、小さく呟く。
「お前だけが頼りだ……焔。」
霞切の機体に手を触れると、微かな振動が指先に伝わる。その振動はまるで応えるように、かすかな光を装甲表面に走らせた。
外から再び響く衝撃音。涼が息を切らしながら戻ってくる。
「結界、張り直しました。でも……間に合わないかも。」
ミナトは短く頷く。
「攻撃の頻度からみて特機大隊……機動隊の戦い方では無い可能性が高い。国軍が出てきてるとは思いたくないが……魔導機同士の戦闘が起きているのだとしたら、そうとう面倒なことになるぞ。」
霞切の準備を終えると涼に向き直る。
「お前にはこの先を託したいが……今はとにかく生き延びるぞ。」
「私も戦います。」
涼が力強く答える。
突然、竹林の向こうから木々を薙ぎ倒すような音が響いた。その後、隠れ家から少し離れた場所に巨大な影が現れる。白い装甲の魔導機が攻撃を受け、竹林の中へ墜落したのだ。その白い装甲が月光に反射し、赤いセンサーがまるで生き物の目のように輝いている。
「なんて大きさ……。」
様子を見に行った涼は息を飲み、思わずその場に釘付けになった。
赤いセンサーは涼の方を見向きもせず、まっすぐと前方を見据える。機体の頭上に天使の輪のような光輪が現れる。補助スラスターを点火させ、仰向けの姿勢を戻した白い魔導機は、そのまま足元へ魔法陣を展開し、再び空へと翔けていった。
白い魔導機は、まるで舞うように飛び去って行く。その動作には、機械でありながらも人間の動きに近い滑らかさがあった。
頭部の赤いセンサーが鋭く輝き、視線を探るように周囲を動く。どこか冷酷さを感じさせるその挙動に、涼は思わず後ずさりした。
「……見たことが無い機体だ。あれが交戦してるのか?」
ミナトが低く呟き、霞切のコックピットに足を踏み入れる。
涼が後ろから問いかける。
「見たことないってどういうことですか?」
「形状から見ても、国軍や警察で運用されてる機体ではない。かといって、民生機というには慎ましさがない。」
「不明機って……この機体で、戦えるんですか?」
「霞切が応えてくれる。」
ミナトが霞切のメインスイッチを入れると、低い唸り声のような音がコックピット内に響いた。
コックピット内の古びた計器が赤く点灯し始め、薄い煙がどこからか漏れ出してきた。それでも、ミナトは気にすることなくスイッチを押し込む。機体が重々しく動き出すと、外装が微かに軋む音を立てた。
「古いが……お前には魂がある。」
ミナトが呟くと、霞切の装甲に沿って魔力の光が走り、機体全体が生き返ったように輝きを増していった。
「頼むぞ、まだ動いてくれ。」
呟く声に応えるように、魔導炉が低くうなりを上げた。赤い光が徐々に装甲の隙間から溢れ出し、機体全体に命を吹き込む。
霞切の魔導炉が点火する。
轟音と共に、装甲の隙間から赤い光が漏れ出す。その光は徐々に強さを増し、機体全体を包み込んだ。周囲の空気が震え、竹林が風圧に揺れる。
「来いよ……。」
ミナトが低く呟きながら操作系に手をかけると、霞切がゆっくりと動き出した。その動きは鈍重でありながら、どこか生き物のような力強さを感じさせた。
「涼、お前は家にいろ。魔導機がいる以上、生身ではどうしようも出来ない。」
「そんな……!」
涼が抗議の声を上げるが、ミナトは彼女を一瞥するだけだった。その目は涼に何かを訴えているようであり、また無言の決意を伝えていた。
「私だって、何かできるはずです!」
涼が涙ぐみながら言うと、ミナトは一瞬だけ表情を緩めた。
「私だって……助けたいんです!」
その目に映るのは、自分がかつて失った仲間たちの姿だった。
「戦いは助けるためのものじゃない。守るためのものだ。」
その言葉には、どこか諦めと痛みが混ざっていた。
「焦るな、涼。戦いは生き延びるための手段だ。それ以外じゃない。」
霞切が完全に起動すると、竹林の中に不気味なほどの静寂が訪れる。そして、その静けさを切り裂くように、虹彩を紅く輝かせたミナトがつぶやく。
「勝手に踏み込んだ代償を払わせてやる。」
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