第22話 思い出す、過去のあの日のこと

 「よく来てくれたな、まあそこに座ってくれたまえ」


 もう何年……いや、何十年ぐらいになるだろうか。

 俺は中央都市の司教区にある聖堂の一室に呼び出された。

 その一室には当時、俺が率いていたアグスタ騎士団を管掌するブーマー司教の姿があった。

 

 「……失礼いたします」


 言われた通り、座椅子に腰掛けると、ブーマー司教は俺の対面にあるソファに座る。

 体格が良すぎるせいかソファが思っていた以上に沈んでいた。


 「さて、お主を呼んだのは他でもない、まずはこれを見るがよい」


 そう話を切り出した司教はテーブルの上に一枚の紙を広げると地図が描かれていた。

 

 「……司教様、これは一体?」

 「異教徒共の棲家を記したものじゃよ」

 「異教徒……」


 異教徒とは大聖堂が教え伝えた神以外の存在を崇めようとしている人々のことだと聞いている。

 この頃は大聖堂と異教徒たちの諍いが頻繁に発生しており、それに対してブーマー司祭は撲滅を目指していた。


 「……しかし、どのようにして異教徒たちの棲家を知ったのでしょうか? 大聖堂所属の騎士団が探してもみつからなかったものを……」

 

 俺の問いに対して、ブーマー司教は得意げに笑うだけで答えることはなかった。


 「この任務だが、グリファス、お主単独で行ってもらいたい」

 「え……?」

 「どうした、突然変な声をだしおって」

 「し、失礼いたしました……」


 俺は勢いよく頭を下げる。

 

 「まあ、普段とは違う任務だから驚くのも無理はないか」


 そう言ってブーマー司教は豪快に笑っていた。


 「我が精鋭であるアグスタ騎士団をもってすれば、異教徒たちなど一網打尽にすることは可能だ」

 「えぇ……」


 俺が率いるアグスタ騎士団はこれまでに厳しい任務をこなしてきたことは自負している。

 

 「私はそれでも良いと思っていたが、法王様が彼らにも救いを与えようと仰ったのだ、何と慈悲深きお方なのだろう!」


 突如ブーマー司祭は部屋の壁にかけられた法王の肖像画へ向けて両手を開いていた。


 「そのために、お主単独でこの場所へ赴き、法王様直筆の和解状を届けてほしい。 お主は優しい顔をしておるから警戒心をもたれることはないだろうしな」


 そうだろうかと思いつつも、俺は任務を受けることになり、その日の夜に中央都市を後にしたのだった。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「先生……!」


 物思いに耽っていたが、大きな声で名前を呼ばれ、現実へと戻される。


 「いないと思ったら、ここにいたんですね!」


 声の方へ振り向いた先にはカレンの姿。


 「姿が見えないから心配したんですよ、もうこんなにお酒のんで……!」


 テーブルへを見ると、大量の空のジョッキが置かれていた。

 もちろんこんな量を飲んだ覚えはないので、十中八九目の前の男の仕業だろう。


 「おっ、カレンちゃんじゃないかー! もしかして俺に会いに来——」

 「……それはないです」

 「せめて最後まで聞いてくれてもいいじゃないかー!」

 

 間髪入れずに返されたタクトはテーブルの上に突っ伏して泣き出していた。

 1分もしないうちにケロッとした顔で酒を飲みだすから放っておいても問題ないが。


 「……ちょうどいいし、そろそろ俺は帰るとするかな」


 もう少しゆっくり考え事をしたかったが、泥酔中のタクトが目の前にいると集中することができない。

 今なら部屋の方がゆっくりできそうな気もする。


 「カレン、それじゃ帰ろうか」


 アドレス夫人を呼んで支払いを済ませると、カレンと一緒に食堂を後にした。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 「……冷えるな」


 冷え込んだ外にでた瞬間、体が震え出していた。

 食堂の中が暖かかったのもあってか、急激な温度差を感じてしまう。


 ——そういえば、あの時もこれぐらい寒かった気がするな。

 

 「そうですか? たしかに冷えはしますけど……」


 隣に立つカレンはケロっとした表情でこちらを見ていた。

 若いから、寒さにも強いのだろう。


 「最近、怠けてばかりなので体が鈍っているのではないですか?」

 「ははは……そうかもしれないな」


 カレンみたいに毎日欠かさず鍛錬をしているわけではないから、鈍ってきてもおかしくはないな。

 昔は彼女みたいに毎日欠かさず鍛錬をしていたのにな……。

 

 「先生?」

 「……うん?」

 

 ふとカレンの顔を見ると、怪訝そうな顔をしていた。


 「さっきから心ここにあらずって感じですけど、大丈夫ですか?」

 「大丈夫だ、寒すぎて脳が働かないだけだよ」

 

 彼女に下手に心配をかけたくなかったので、笑いを交えながら答えつつ先を急いでいく。


 「ふぅ……着いた」


 食堂から教会まではそこまで距離はないのだが、寒さもあってかいつも以上にかかっていたような感覚になっていた。

 

 扉を開けると中は静まり返っていた。

 夜もだいぶ更けているので、クレアとリリアは寝ているのかもしれないな。


 「少し体も冷えてるし、お茶でも淹れるがカレンも——」

 

 彼女の方へ振り返ると、木剣をこちらに向けていた。

 

 「カレン、どうしたんだ?」

 

 声をかけると、カレンは徐にため息をつき、木剣を下ろす。


 「……先生にも恐れないってことはやっぱり私はまだまだなんですね」

 「どうしたんだ?」


 ブツブツとつぶやくカレンに声をかけると、キリッとした真剣そのものいった表情で俺を見ていた。


 「剣の腕は全然ですが、先生のことはこの町の誰よりも知っていると自負しています!」

 「お、おう……」


 大声をあげるカレンに思わず驚いてしまう。


 「ですので、何かあればいつでも相談に乗りますので! もちろんその他も先生がいうなら喜んで——」


 大声で伝えつつ顔真っ赤にしていくカレン。


 「そ、それでは……今日は失礼いたします! お、おやすみなさい!」


 そそくさとその場から走り出して教会の中に入っていく彼女を見て、俺は唖然としていた。


 「ど、どうしたんだ……?」


 俺の質問に極限まで冷えた寒空は答えてはくれなかった。


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【あとがき】

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