第21話 これまでのこと

 「……まさか、君までその名前を知ってるのか」

 

 思いもしなかったことに驚きが隠せなかった。

 確実に顔にでていると思う。

 

 「君まで……ってことは他の誰かにも言われたのですか?」

 「いや、君の姉だよ」


 そう伝えるとリィドは頷いていた。


 「まあ、姉に関してはいろんな感情がこもってるとは思いますが……」

 

 その後、何か1人で呟いていたが、無理に聞き出すことでもないだろう。


 「話は逸れてしまいましたが、私の質問に関してはいかがでしょうか?」


 リィドはハーブティを口にすると、先ほどのような真剣な表情でこちらを見ていた。

 

 「……リィドさん、あなたも騎士団の一員であれば任務の極秘性は重々承知しているだろう?」


 騎士団の任務は管轄の司教から下りてくる。

 大聖堂は政治にも関わっているためほとんどの任務が秘匿性の高いものになり、それが外に漏れてしまうことで、思いがけないことも起きてしまう。

 場合によっては人の生死が関わる事態にも……。

 そしてそれは騎士団を退いたとしても外に漏らすのは厳禁である。


 「……えぇ」

 「で、あればこのあと何を言いたいかわかるね?」

 

 リィドは黙ったまま俺の顔をずっと見続けていた。


 「今、この場にいるのは私とリィドさんだけだ、ここであった話は私も聞いてなければリィドさんも聞いてない……それでよろしいですね?」


 リィドの目をじっくり見ながらそう告げる。

 あまりやっていいものではないが、こうすることで相手に圧をかけることができる。

 効果がない相手もいるが、口を真一文字に閉じている彼を見る限りそれなりに効果はありそうな気がする


 「……わかりました」


 そう告げると同時に立ち上がった。


 「お忙しいところ、失礼いたしました」


 リィドはその場で勢いよく頭を下げるとそのまま談話室を後にしていた。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「……あれ、今外にでたのって」


 リリアさんの話を適当に流しながら鍛錬を続けているとクレアさんが教会の入り口を指さしていた。


 「リィド……?」


 来た時とは背筋をまっすぐに伸ばしていたが、今は肩をガックリと落としている。

 

 「姉さん?」


 こちらに気づいたリィドはゆっくりと近づいてきた。


 「今の姉さんの格好を父上が見たら激怒しそうだね……」


 私の姿を見るや否やため息混じりに呟いていた。

 鍛錬のしやすいように肩や腕が露出するような服装だからだろう。


 「それより先生とは何を話してたの?」

 「まあ、世間話というか……」


 自身の頬を人差し指で掻く仕草をしながら顔を逸らすリィド。

 この子がそれをするときは大抵何かを隠してるときだ。

 男同士でしか話せない内容かもしれないので追求はしないでおこう。


 「それよりも姉さん、家に帰るつもりは——」

 「——あると思う?」


 即座に木剣を弟に向ける。

 リィドは警戒する様子もなく大きくため息をついていた。

 

 「念の為聞いただけだよ……」

 「もしかしてお父様に連れて帰るように言われてるの?」

 「あのプライドの高い父上があんなことをした姉さんを心配すると思う?」

 「……そうね」


 家にいる時に、あることがきっかけで父のプライドを傷つけてしまったことがある。

 それもあってか、ディアベル家を抜け出して紆余曲折あって今に至るのだが……。


 「さてと、僕は行くよ。 もしかしたら近いうちまた来るかも」


 そう言ってリィドは私たちの前から去って行った。


 「……何か寂しそうな背中ね、顔もいいし連れ回していい?」

 「私の弟を汚さないでもらえます?」


 瞬時にリリアさんへ剣を向けるが、怖がるようすはなかった。

 ……もしかして私の剣ってそこまで強くなかったりするの?


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「あれ、先生珍しいじゃないですか1人で飲んでいるなんて!」

 

 夜、冒険者ギルドに併設するアドレスさんの食堂にて、物思いにふけていると後ろから声をかけられた。

 陽気さと声の大きさからすぐに声の主がタクトであることに気づく。


 「……まあ、色々あってな」


 出来ることなら今は誰とも話したい気分でもなかったため、適当に答える。


 「もしかして、また仕事サボりすぎてカレンちゃんに怒られたとか?」


 俺のことを指さしながらケラケラと勝手に笑い出すタクト。

 こう言う時だけ、彼の性格が羨ましくなってくる。

 あくまでこういう時だけだ。


 「いいよなあ、俺も可愛い女の子にならいつでも怒られてもいいんだけどなあ……」

 

 タクトはブツブツと文句を言いながら俺の前の席に座って、注文をしていく。


 「この前のリリアちゃんだっけ? シスター服着てましたけど、先生のところに住み込み?! 何で先生のところに美人が集まるんだよぉ」


 何で彼は酒も飲んでいないのに、酔ってるふうになれるのか不思議に思える。


 「ってかさっきから反応が薄いけど、どうしたんです?」

 

 タクトは俺の顔を覗くように顔を近づけてきた。


 「ちょっと考え事をしているんだよ……」

 「考え事って、もしかして今日の夜は誰と過ごそうとかっすか!」


 下品に笑うタクトに対して自然とため息が漏れてしまう。


 「そんな簡単なことだったらどれだけいいか……」


 牧師がそんなことを考えたら神に対する冒涜にもなりかねないが……。

 そんなこちらの事情も知らない目の前の男は、注文した酒を豪快に飲んでいくのだった。


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