第20話 過去そして現在(いま)

 「失礼いたします」


 喧騒真っ只中の礼拝堂が一瞬にして静寂に包まれた。

 その場にいた、俺とカレン、リリアは一斉に入り口へと視線を向ける。

 だが、同時に差し込んできた光によってその姿を確認することはできなかった。


 「えっと、牧師のシグナスさんは……」


 来客は不安そうな声でゆっくりとこちらへと近づいてきた。

 それによって、姿を確認することができた。

 きちんと整えられた栗色の髪は光が当たると輝いているように見えていた。

 聞こえてきた声は中性的に聞こえるが……。

 

 「り……リィド!?」


 客人の顔を見てカレンが驚きの声を上げていた。

 いつもは冷静沈着というべきか、牧師としてきちんとした対応をする彼女が珍しい。


 「やっぱりここにいたのかカレン」


 リィドと呼ばれた人物は呆れたと言わんばかりの顔をしていた。


 「知り合いか?」


 ゆっくりとカレンに近づくと、彼女はぎこちない動きで俺の顔を見ていた。

 どうしようと言わんばかりの表情を浮かべている。


 「失礼ですが、貴殿がシグナス様でしょうか?」


 リィドは俺の目の前に立つと、礼儀正しく深く頭を下げていた。

 それに釣られるように俺も一緒になって下げてしまう。


 「えぇ……そうですが、貴方様は……?」

 「おっと、失礼いたしました」


 リィドはゆっくりと姿勢を戻すと申し訳なさそうな顔をしていた。


 「申し遅れました、私はモドラッド騎士団に所属しております、リィド・ディアベルと申します……そこに立つカレンは——」


 自分の双子の姉ですとはっきりとした口調でそう告げた。

 すぐにカレンを見ると、カレンは小さな声でこう呟いていた。


 「……私の弟です」と。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「よろしかったら、こちらお召し上がりください」


 談話室にて、リィドの目の前に淹れたばかりのハーブティを置く。


 「ありがとうございます。 いい香りですね」


 そう言ってリィドはハーブティに口をつけていった。

 談話室にいるのは俺とリィドの2人だけ。

 見知った町の人が来たとかであれば全員で対応することもあるが、今回はリィドの希望もあってここにいるのは俺だけだ。


 「それで、どういったご用件でしょうか?」

 「まずは、姉の件でご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございませんでした」

 

 そう告げたリィドはまた頭を下げる。

 

 「ご迷惑だとはおもっておりません、むしろ彼女に助けられてばかりですから……」


 そう伝えながら、リィドに顔をあげるように促す。


 「姉の件もありますが、本題は別になります」


 ゆっくりと顔をあげるリィド。


 「先ほどもお伝えしましたが、私はモドラッド騎士団に所属しております」

 「その若さで騎士団とは、努力されてきたんですね」

 「いえ、そんなことはないですよ……家柄で選ばれたようなものですから」


 苦笑しながらそう答えるリィド。

 彼やカレンの家であるディアベル家もそれなりに大きい家であることは間違いない。

 ビューエル家ほどではないものの、大聖堂との太いパイプがある家だ。


 「今回は騎士団で特命を受けてここにきております」

 「特命……?」


 特命は騎士団の中の任務の中でも、秘匿性が高い任務のことを指す。

 いくら仲間である団員たちに知られることなくこなしていなかくてはならない過酷なものだ。

 それを若手の彼に与えるということは、それだけ今後が期待できる人物だと認識しているのだろう。


 「シグナスさんはブーマー司教をご存知ですね?」

 「末端とはいえ、大聖堂管轄の牧師ですので、名前だけは——」

 「——私が聞いているのはそんなことではございません」

 

 俺の言葉を遮るようにリィドは淡々とした口調で告げる。

 

 「……どういうことでしょうか?」

 

 俺の返答にリィドは目を瞑っていた。

 そして一呼吸おいてからゆっくりと目を開ける。


 「では、質問を変えます。 あなたは10年前の事件でブーマー司教からどのような勅命を受けましたか?」


 最後にリィドはこう付け加えた。

 

 ——アグスタ騎士団 初代団長のグリファス・マジェスティさんと。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「へぇ、カレンってディアベル家の人間だったんだ」


 リィドと一緒に先生が談話室に入って行った後、私とリリアさん、クレアさんと一緒に外に出た。

 こっそり聞くことも考えたが、先生のことだから何かしら対策を考えているに違いない。

 仕方なく教会の外に出て、いつもの鍛錬をして気を紛らわすことにしていた。


 「だからどうしたんですか?」


 中に入れないことがわかったらフラフラとどこかに行くと思っていたリリアさんが私の顔を見てニンマリとしていた。


 練習用の木剣を大きく振り落としながら答える。


 「ディアベル家の令嬢とあろう人が何でこんなところで、見習いの牧師なんかしてるのかなって? 家に居ればチヤホヤしてくれるんじゃない?」


 彼女の言うこともごもっともなことである。

 普通の貴族の家の令嬢であれば何不自由ない生活を送ることはできる。


 「じゃあ私は普通じゃないですね」


 木剣を縦と横に振り終わるとリリアさんに向けて剣を向ける。


 「普通の令嬢は強くなりたいなんて思わないので」


 私の返答にリリアさんは「ふーん」と悪巧みを考えている少年のような顔を浮かべていた。


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