第19話 新聖女リリアの愚行 そして裏では……

「失敗したようだな」 

 「も、申し訳ございません……邪魔が入りまして!!」

 「言い訳など聞きたくない!」


 怒号と共にガシャンと陶器の砕け散る音が響いていく。

 一部のみ灯りが灯されており、誰がいるのかはっきりと確認はできないが影は2つ。

 声からして2人とも男でそれなりの年を重ねた声をしていた。


 「ひっ……つ、次こそは必ず成功させますのでご、ご慈悲を……!」

 「それなら早く行動に移すのだ、もたもたしているとお主の大切な——」

 

 話の途中で今度はバタンと勢いよく扉が開く音が鳴り響く。

 

 「それ以上脅かしすぎると気が狂って死んじまうんじゃないですかい?」


 先ほどとは違う若い声が聞こえていた。

 

 「何を呑気に構えておる。 これはお主の縁談にも関わることだぞ」

 「わかっていますって。 こう見えても抑えているんですよ……貴族でしかもあの女の体を自由にできるって考えただけで——」


 その直後、言葉に表現できない下卑た笑い声が部屋中に響き渡っていく。


 「まがりなりにも貴族になろうとしているのだ。 少しぐらい品性というものを学んだらどうだ?」


 叱責をするようにも聞こえる内容だが、口調が軽いため、あくまで形だけの叱責であることが受け取れる。


 「俺にとっては願ってもない話ですが、いいんですかい? 金をわんさか出してくれるビューエル家をこんなにぐちゃぐちゃにして」

 「何をいっておる、あくまでビューエル家は支援者の1つにすぎん。 ワシの思想に賛同し、寄付金をだしてくれる支援者などまだまだおる」

 

 若い男は黙ったまま何度も頷いていた。


 「それにビューエル家は他の支援者たちよりも多めに出しているというだけで、このワシにも意見するようになってきたからな」

 「……もしかしてあのことに関してですかい?」

 「いや、そこまでは気づいていないようじゃが、そうなるまえに叩いておくに越したことはないじゃろう」

 「たしかに、その流れであの女を好き勝手できるなら何でもしますが」


 再び下卑た声が鳴り響いていった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「先生、リリアさん知りませんか?」


 あの騒動があってから数日後の朝。

 いつものように朝の礼拝を終えて外で体を伸ばしていると声をかけられ、振り向くと困り顔のカレンが立っていた。


 「リリアなら買い物に行っているんじゃないか?」

 

 たしか礼拝の後にハーブティの葉が切らしていたので傍にいたリリアへ頼んでいた。

 

 彼女の提案をのんだというか、下手に断って大事になった際、後悔に苛まれたくなかったため引き受けることした。

 一応はクレアと同じ聖女として

 もちろんカレンにはものすごく怒られたのはいうまでもない。


 「それにしても遅くないですか? いつもいくお店はそんなに遠くないですよね?」

 「たしかにな……」


 ハーブの葉を扱っている店はトライアンフの町の中にあるので、往復で10分もあれば帰って来れるはず。


 「もしかしてリリアさんの身になにか……?」


 真剣な表情でカレンは俺を見ていた。

 数日前にあんなことが起きたばかりなので、考えられないことでもないが……。

 

 「……あれ、パパとカレンさん?」


 2人で話しているとこちらを呼ぶ声が聞こえた。

 

 「クレアさん?」


 真っ先に気づいたのはカレンだった。

 呼ばれたクレアはカゴを両手で持ってこちらに向かって歩いていた。


 「……アドレスさんの様子見てきたよ、そしたらこれを持って行けって」


 そう言ってクレアはカゴを俺に渡してきた。

 中には野菜や果物などが大量に入っている。


 アドレスさんは最初にリリアを助けた時に怪我をしていたので、クレアに様子を見にいくように頼んでいた。

 アドレス夫妻は若い頃に病気で子供を失っていることもあり、カレンやクレアが顔を見せると自分の子供のように接してくれる。


 「相変わらず、たくさんあるな……」


 この野菜は夫人が店の裏にある畑で育てているものだ。

 基本的には食堂の材料として使われるものだが、余ったものは町中の人たちに分けたりしている。


 「えっとね、アドレスさんの食堂にリリアさんがいたよ?」


 クレアの言葉に俺とカレンは無言のままクレアを見ていた。

 夫妻の家は食堂と直結しているため、居住スペースに行くには食堂を通り必要がある。

 

 「リリアさんは何をしていました……?」


 ふと、カレンの顔をみるといつぞや見たアルカイックスマイルになっていた。

 

 「え、えっと……て、テーブルでお、男の人たちと一緒に——」


 そんなカレンの顔を見たクレアは声を振るわせていた。


 「……先生、ちょっと食堂にいってきますね」


 俺の返答を待たずにカレンはその場を去っていく。


 「パパ……」


 直後、クレアは俺の顔を見ていた。

 あまりにも恐ろしく感じていたのか、彼女の目尻には涙が溜まっていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「ったく離せ! 骨が変になったらどうするんだ!」

 「こんなんで骨が変になったらそれは天啓です!」

 

 カレンが食堂に向かってからどれくらいが経っただろうか。

 談話室でクレアと話をしていると、礼拝堂から2人の叫び声が聞こえてきた。

 さっきのこともあってか、クレアは一瞬体をビクつかせていた。


 「……ちょっと行ってくるからクレアはここで待ってなさい」


 クレアにそう伝えると、ため息をつきながら扉を開けて礼拝堂へと出る。


 「先生に買い物を頼まれたのに、何で食堂にいたんですか!」

 「いい匂いがしてたからだよ! お昼も近かったし!」

 「それで何故、冒険者たちと賭け事してたんですか!!」

 「私を軽く見てきたから、返り討ちにしてやろうと思ったんだよ!」


 何とかして2人の喧嘩をやめさせようとして、2人に近づこうとすると、突如入り口のドアが開く。

 ちょうどよく光がこちらに差し込んだことでカレンとリリアは驚いて、俺と同じ方向を見ていた。


 「失礼いたします」


 声が聞こえたのはいいが、あまりの眩しさに姿を確認することはできなかった。

 

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