第9話 アルスとドロシー……そしてセレス
「ここみたいですね」
トライアンフには宿屋は1つしかないため、ビーノ青年の話を聞いた後すぐに向かう。
宿のご主人も朝の礼拝へと来てくれる1人のため、軽く事情を説明するだけで部屋番号を教えてくれた。
「そうみたいだな、それじゃ失礼してと……」
ドアを軽く2回ほどノックする。
「はーい、どうぞ!」
ドアの奥から男性の声が聞こえてきた。
反応したのはどうやらアルスのようだな。
「失礼します」
ドアを開けて入ると、椅子に座っているアルスの姿があった。
部屋の中を見渡すが、ドロシーの姿はなかった。
「あ、シグナスさん、どうされたんですか?」
アルスは俺の顔を見ると、椅子から立ち上がる。
「いえいえ、今日の仕事がひと段落ついたので、様子を見に来たんですよ……さすがに辛い目にあったばかりですので、心配になっていまして」
それらしいことを返すと、アルスは深く頭を下げる。
「本当に、昨日はありがとうございました……セレスもゆっくり眠ることができると思います」
「大したことはしてないですよ、それよか頭をあげてください、アルスさん」
頭をあげるように促すと、アルスはゆっくりと姿勢を戻していった。
「そういえば、ドロシーさんは?」
部屋を見渡していたカレンが声をかける。
「さっきまでいたんですが、やることがなくて暇だと言って出かけてしまいましたね」
苦々しく笑うアルス。
「僕はすぐに顔にでちゃうんですけど、ドロシーは昔から自分の感情を外に出すのが苦手なんですよ」
「昔ってことはドロシーさんとは付き合いが長いんですか?」
「そうですね、僕とドロシー……そしてセレスは幼馴染なんですよ」
「そうなんですか……!」
カレンがアルスと話をしている最中にクレアの肩に乗っているぬいぐるみのセレスの方へ目を向けると、ちょうどよく彼女と目が合った。
人形の目なので悲しんでいるのか、嬉しいのかまったくもって表情が読めなかったが……。
「僕らは南の大陸にあるボルティっていう農村の生まれで、年が近かったのもあって一緒にいたんですよ」
アルスは嬉しそうな表情で昔のことを話し始めていた。
よく3人で本に登場する英雄の真似事をしていたようで、アルスは英雄役、セレスは聖女役、ドロシーは悪い魔女役をやることが多かったとか。
その手の話は英雄が悪い魔女を倒して、聖女と結ばれるといった流れが多く、配役に関してセレスとドロシーがよく喧嘩していたようだ。
「まあ、子供だったので次の日になったらいつも通りの役をやっているんですけどね」
苦笑いをするアルス。
「そんなことをしながら僕たちはいつしか英雄たちみたいにいろんな大陸を見てみたくなり、その結果冒険者となったんですよ」
それまで楽しそうに話していたアルスだったが、すぐに沈んだ表情へと変わっていった。
「それなのに……こんなことになるなんて!」
突如声を荒げながら、テーブルに拳を力強く叩きつけてるアルス。
彼の顔をみると、目尻から大量の涙が流れていた。
「アルスくん……」
そんなアルスをみていたセレスが微かな声で仲間の名前を呟いていた。
生きているアルスも辛いと思うが、既に生を絶たれているセレスも辛いのだろう。
「あの時、俺も一緒に起きていればこんなことにはならなかったのに!」
アルスは何度も拳を机に叩きつけていく。
そのせいか、彼の腕から少量ではあるが血が滲み出ていた。
「アルスさん……」
もう一度振り落とそうとする彼の拳を掴む。
驚いたアルスは大きく目を開けながら俺の顔を見ていた。
「そうやって自分を責めてもセレスさんは帰ってきませんよ」
「わがって・・・ます、けど!」
アルスは子供のように嗚咽を漏らしている。
「自分の体を傷つけてるあなたをみて、セレスさんが喜ぶと思いますか? 逆の立場になってもしセレスさんが同じようなことをしてたらどう思いますか?」
「うぅ……うわあああああっ!!!」
自分のしていたことに気づき、とうとうアルスは子供のように大きな声をあげて泣き出してしまう。
「アルスくん……うぅ」
クレアの方からから啜り泣く声が聞こえてきた。
ずっと一緒にいた仲間が苦しんでるのなら、何かしてやりたいが、今の自分では何もできないことが悔しいのかもしれないな。
「……すみません」
泣き続けて落ち着いたのか、アルスはもう一度大きく頭を下げていく。
「気にしないでください、人の苦しみを解放していくのも牧師の役目ですから」
俺の言葉にアルスは掠れそうな声で礼を述べる。
「また気持ちが辛くなったらいつでも教会に来てください、こんな自分でよければいつでも相手になりますので」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うわあああああああん、アルスくーん!!!!」
アルスが宿泊していた宿から外に出た直後、セレスが大きな声をあげて泣き出していった。
それを見ていたクレアがぬいぐるみの頭を撫でていく。
「とりあえず、一旦教会へと戻るか、お腹も空いてきたしな」
俺の腹の虫が鳴ると同時に町の奥にある鐘が鳴り出した。
「もうお昼なんですね……そんな時間経ってるなんて思いもしなかったですけど」
そんなことを話していると目の前で見覚えのある人物が立ち止まった。
「……何の用?」
ドロシーだった。
アルスが彼女は感情を外に出すのが下手だと話していたが、昨日と変わらず無表情に近い顔でこちらを見ていた。
「あのようなことが起きたばかりですので、心配になって——」
「——余計なことしないで」
俺の話を遮るようにドロシーはこちらに言葉をぶつけてきた。
「余計なこと……?」
「そうよ、アルスは私が何とかするから大丈夫、むしろ余計なことをしてアルスを困らせないで」
「困らせるわけでなく……彼やあなたの心のケアを——」
「私はそんなの必要ないし、アルスは私がいれば大丈夫だから邪魔しないでっていってるのよ!!」
ドロシーは遮るように大きな声をあげると、そのまま宿の中へと入っていった。
「すごい、殺気のようなものを出してましたけど……」
「たしかに俺もそれに近いものを感じたな、クレアは大丈夫か?」
ふと、クレアの方を見ると、彼女の胸元でセレスが小刻みに震えていた。
その様子を見ていたクレアはどうしたらいいのかわからないのか、俺とセレスを交互にみていた。
「セレスさん、大丈夫か?」
声をかけるもセレスの返事はなかった。
「急いで教会に戻ろう」
2人に声をかけると教会まで駆けていった。
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