第24話 俺は恋に落とされるらしいです!?落とされてたまるか!!

「八雲さん、娘を返していただいてもいいですか?」






「―――」


 やっぱり。


 彼女が、ここに来る理由はそれぐらいしかない。今更になって、娘が必要になったのか。




「そもそも、貴方が勝手に奪って、育てていたのですから、私がお願いすることではないんですけどね」


 ふふんと、また笑う。


 そんなわけないだろう。親の都合で捨てられていたから、俺が育てたんだ。勝手に奪って、育てたわけじゃない。






「―――貴方は一度、凜を捨てた。そんな人に、凜を渡すことなんてできない」








「貴方よりも、俺の方が凜を見てきました。俺の方が、凜の事を知っているし、なにより」




 そう言うと、柊さんは顔を曇らせた。




「人聞きの悪いことを。捨てたのではありません。仕事で海外に飛ぶことになってしまったんです。家に帰る間もなかったんです。仕方がなかったんですよ」








「それに私は、ちゃんと愛情をこめて凜を育てていました」


 その言いぶりに、腹が立って吐き出すように俺は言った。




「仕事がとか、愛情とか、言ってますけど、それにしてはひどい有様でしたよ!」




 玄関はゴミで埋まり、あの頃の小さな凜しか通れないほどの狭い道。奥までそれは続いていた。凜も、がりがりに痩せていて、ろくに食べ物を与えられていない事なんてすぐわかる。




「あんなことをする人に、凜は渡せない!」


 大きな声で言うと、柊さんは両耳を塞ぎ、恐怖を顔で表した。もちろん、これはわざとだ。




「まあ、怖い! 凜も脅えているじゃない!」


 そう言われ、凜を見ると。


 凜は、少しうつむいていた。怖がっていたのか。




「ほら、こんなに手も震えて……やっぱりこんな人のところに預けていられないわ。凜、今すぐお母さんと海外へ渡りましょう?」




「へ?」






「凜は―――凜は、そんなことを望まない!」




「それはどうかしら? ねえ凜」


 柊さんは、凜をぎゅっと抱きしめた。






「凜は、どっちと一緒に暮らしたい?」








「え? えっ、と……」


 凜はものすごく困っていた。


 凜にとって母親は、何にも代えられない唯一無二の存在である。




 自分を捨てようが、何をしようが、自分の母親には変わりない。傷つけたくないし、大事にしたい。


 なにより今、母が自分を必要としている。


 それは、ずっと心の中で望んでいたこと。






 ここで、母親を選ばないという選択肢は、多分凜の中にはない。




 しかし、凜は俺から離れることもできない。俺と過ごした時間は長く、やはり情がある……はず。


 俺の事も母親と同じぐらい、大切に感じ一緒にいたいと思っているだろう。




 こんな選択、よくもさせるな。






 凜は、小さくつぶやいた。


「……私、その、どっちとか、選びたく……ない、かも」


 


 柊さんの腕から出て、ただ手を握る凜。


 柊さんは、その解答に一瞬に止まったが、すぐにうなずいた。








「……そう、よね。そうよね! みんな一緒がいいわよね!」


「え?」




 凜は、その言葉の真意が分からず、混乱する。俺もだった。




「凜は、私が母親で八雲さんが父親で、みんなで家族でいるのがいいのよね!」




「え? えっと、え?」


 今だ、凜は困惑している。


 突然の起点の返しに、俺もついていけなくなる。一気に、俺も凜も、彼女の手中に入ってしまったのかもしれない。




「わかったわ! 凜のために、ママ頑張るわ!」


 すると柊さんは、こちらにやってきて今度は俺の手を握った。




「貴方と結婚すればいいんだわ!」




「は、はい!?」


 俺は、全く結婚する気はないんだが!?


 ていうかさっきまで言いあいしてた相手と、よくもまあ結婚しようと思ったな!




「私が貴方を落として、貴方にプロポーズをさせるの! そうすれば、凜は喜んでついてきてくれるはず!」


 


 凜も俺も、固まった。


 な、何を言っているのか全く分からない。




「そ、それは―――だめ!」




 凜が、声を出した。






「え?」




「ごめんママ。だけど、いくらママでも……それはだめ」




「でも、凜はこの人がいてくれれば、ママと一緒に来てくれるわよね?」




「え? いや――、それは……」


 何か言いたげな凜。しかし、言葉がつっかえる。




「……ふうん?」


 






 プルルルルル。




 柊さんの電話が鳴る。名前は、社長。

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