第23話 その人は……帰ってきてしまいました!

 ピンポーン。




 と、音が鳴った。








 そして、一気に冷える頭。




「わ――わわわわぁぁああああああああああッ! ごめん! ごめん凜ッ!」


 俺は凜の肩を掴んで、一気に体を離した。




「こんなおっさんっていうか、父親と至近距離なんて、嫌に決まってるのに!」


 


 すると凜は、そっぽを向く。


 口元を指で摩り、頬を赤らめながら、そしてふとこちらを流し見る。


 その目は、何か意味を含んでいる。




「――――」


 凜は、何も言わない。




「ええ?」


 キス―――してないよな。


 もしかして触れてたのか? いつの間にか?




「と、とにかく! お客さんが来たみたいだから出てくるな! 凜はそこにいていいから!」




 俺はその場を走り去るようにして、玄関へ向かった。


 さすがにあれは、やばかった。今思うと、父親と娘がしていい事じゃないよな……。




 そこで、ちひろちゃんの言葉を思い出す。




『――倫理観的に~、やばいと思います』


 その通り! 大正解だ!










「……はあ、俺は何をしているんだ」


 実の娘に……。




 ピンポーン。




 ピンポーン。 




 ピンポー、ピンポーン。


 忙しく、鳴るそれに驚き、俺は扉を開ける。










「はーい。何か用です――――、か」


 その不自然な言葉に、静かになった玄関に、不自然さを感じた凜が様子を見に来る。




「りゅう、どうかした?」




「―――来なくていい、凜」


「え?」




 


 玄関の扉を開いて、そこにいたのは女性。




 俺は、この人を知っていた。




「―――まさか、来るなんて」




 派手な髪型、胸元の開いた黒いワイシャツとダイヤモンドのネックレス。タイトなミニスカートと透け感のある40デニールの黒タイツ。


 


 そして、凜に良く似た目元。


 彼女を、10年ほど前に良く見かけていた。




「やだ~、八雲さんったら」








「まさか母親に逢わせないつもりなの?」


 やわらかい声で、ふふんと彼女は笑う。






「ママ?」






「――――ママなの?」






 俺としては凜に、一番会わせたくない人だった。一番憎い相手。凜を置いて、このマンションを去り、10年もの間一度も帰ってこなかった。




「凜? 会いたかった!」


 彼女はそう言うと、玄関にずかずか入り凜を抱きしめた。


「うそ、本当に、ママなの?」




「ええそうよ! ようやく帰ってこられたの! 会いたかった、ずっとずっと、会いたかった……っ!」




 会いたかった。




 その言葉は、凜のトリガーだった。


 母親が、私に会いたいと言ってくれた。私を思ってくれていた。決して、捨てられたわけではなかったのだ。


 


 そう、思わせる。


 しかしそんなものも、今更遅い。効力は切れていると、俺は思っていた。




「あの、柊さん。帰ってもらえますか」


 彼女の名は、柊 紗有里。




「せっかくの親子の再会なのに、どうしてそんなことを言うの? ねえ、凜?」




「え?――――ああ、そうだね。入れてあげようよ、りゅう」


 思わぬ返答を、凜から食らった。








「―――わかりました。お茶飲んだら、帰ってくださいね」


 俺は暗い面持ちで、リビングへ案内した。






「わあ、素敵なお家! こんな家に住まわせてもらっていたのね!」


 間取り、あなたが住んでた部屋と一緒だけどね。だって、隣に住んでいたのだから。


 とは思ったが、言わなかった。








「あっ、そうだった! 凜にお土産を買って来たのよ! ほらっ!」


 柊さんは、黒く大きなキャリーケースを開いた。




「っ!?」


 凄まじい量の、お菓子、ぬいぐるみ、服が、キャリーケースを満たしていた。


 彼女自身の物は、ほとんどない。




「わあ!」


 見たこともないたくさんのプレゼントに、凜は思わず胸をときめかせる。子供みたく喜んでいる。




「ありがとう、ママ!」




 まるで昔に戻ったかのように、抱き着く本物の親子。


 それをはたから見ているのは、ものすごく辛い。そんなプレゼントは、まやかし。自分に寄って来させるために、大きな餌を見せているだけだ。




 そう思いたかった。




「……今更、うちに何の用ですか」


 今までずっと、忘れていたくせに。




「決まってるじゃない」


 振り返って、俺の真正面に立つ。








「八雲さん、娘を返していただいてもいいですか?」


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