第21話 お義父さんは、後輩の優しさに助けられます!

「――や、八雲さん。今回は、ほんとのほんとに……すみませんでした」



 前にも見たことのあるような光景。


 ちひろちゃんの手には、前よりも上等な菓子折りが。




「ちひろちゃんは悪くないって、あの時も言ったでしょう? 気にしなくていいって」


「でも、あれは……確実に」


 確実に、何かを壊した。多分、彼女はそう言いたいのだろう。




 あの時、本当に何も起こっていなかった。




 ちひろちゃんが脱いだ上着。それでバナナみたく転んだ俺は、ちひろちゃんとぶつかった。


 たまたまその状況を凜に、見られてしまった。




 運悪く、ちひろちゃんの服や髪は乱れていて、何かが起こっていた……と見られてもおかしくはない。


 というか、普通の人はそのように見るだろう。






 だけど、あの顔は。




 あんな顔は、させたくなかった。心の底から失望するような、悲しむような顔。


 




 一番大切な娘に――――。




「ああ~ッ! クソ! そうだよなあッ! 父親が知らない女連れ込んで、いちゃこらやってる様を見るのは、嫌だよな! しかも、リビングなんて―――ッ、いつも使ってる場所で~ッ! ってなるよなあッ!」




 俺は、会社なのにもかかわらず大声でそう言った。




 当然周りは、騒然とした。




 思わず声に出してしまった俺だが、これにはどうしていいかわからなくなった。


 いつも頼りになる優しい人、八雲さんのイメージがァ!


 ど、どうする……なんて、言う!?








「皆さん! 違うんです! これは、私の父の事なんです! 私、実家に住んでて……この間夜遅くに帰ってきたら、父がその――、そういうことやっててッ!」


 


 焦る俺を率先して助けてくれたのは―――ちひろちゃん。




「八雲さん、自分の事じゃないのに私以上に怒ってくれて、思わず声出ちゃったていうか……」


 


 えへ、えへへへへと、変な声で笑うちひろちゃん。


 いったんは静まり返ったオフィス。しかし。




 


 すぐさま笑いへと変わった。






「あははっはは、若林さんのお父さんに怒っちゃうなんて――、八雲さんはほんといい人なんですね~!」


 


 そう言われた。


 ちひろちゃんの下手な演技が、逆に本当だと思わせたらしい。


 辺りが笑いに満ちる中、俺はちひろちゃんの耳元でささやいた。








「……ありがとう、ちひろちゃん」


「いえ、部下なんで」




 にんまり笑って、ちひろちゃんがそう言った。


 いつも頼りなくてへまばっかりしている、ちひろちゃん。だけどこの時ばかりは、彼女に感謝だった。




 俺は嬉しくなって、酒でも飲みたくなっていた。




「きょ、今日は、飲みにでも……」行こうか、と言いかけたところで、ちひろちゃんは間髪入れずに。




「いいえ、帰ってください。もちろん定時で」


「え? でも今日、結構仕事有るけど……」




「大丈夫です! 私にお任せください! まあ、わからないことは電話させていただきますけど」


 胸を拳で叩き、えっへん。








「早く帰って少しでも娘さんとの関係、良くしてくださいね。そうじゃなきゃ、落ち着きませんから」








「私も、八雲さんも、娘さんだって」


 このままなんて、嫌でしょう?






 ちひろちゃんが、言う。


「ちひろちゃん……」


 俺の目からうろこが出そうだ。


「あと」








「まじで、こういうの洒落になんないんで。私、早く次の人見つけたいし」


 ガチトーンでそう言われ、うろこが引っ込んだ。




「洒落になんないって……何が……」


「今みたいなことですよ!!」


 小声になって、ちひろちゃんが言う。




「倫理観ぶっ壊れてる親子と、関わってるなんて知られたら、(八雲さんだけじゃなくて)こっちにだってダメージがあるかもしれないじゃないですか!」






「あ……そう」






 とにもかくにも、俺はひとまずいつもよりも早く帰ることとなった。






 まだ空の赤い時間帯。いつもなら真っ暗で静かなのに、今日はカラスの鳴き声が良く聞こえる。




 俺は、玄関でピンポンを押そうか迷った。




 以前までなら、押せば喜んで出てくれた凜だが、もう――そういうことはないかもしれない。


 鞄から、鍵を取り出そうとした時。


 


 ガチャリ。




「―――、あ」


 凜が、出た。






 凜は少し驚いた様子で、あ、としか言わない。


 これは、たまたま……なのか?

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