第18話 反撃を食らったのは、娘でした!?
「ごめん」
はっきりとそう言ってしまえば、彼女ももう、何も言えない。
「――――っう、うう……」
「……君のおかげで、ようやく気づけたよ」
やっと、気づけた。
「俺、ただの親バカじゃないみたいだ」
ちひろちゃんが、一生懸命紡いでくれたその気持ちと同じくらい―――、俺も持っていたものがある。
「……違いますよ」
「八雲さんは、親バカじゃなくてただのバカですから」
くすっと笑って、俺の事をバカにする。赤い眼のちひろちゃんは、はー、っと息を吐く。
「くやし……、倫理観では勝ってると思ってたのに」
それを聞いて、急に恥ずかしくなった。
「―――あははは、お恥ずかしい限りです……」
まさか、好きになったのが……自分の娘だなんて。
「八雲さん、私のとなり、いつでも空いてるんで、凜ちゃんのこと嫌いになったら、飛んできてくださいね。あと数年ぐらいなら、待ちますから」
「いつでも、って言ってるのに、あと数年なの?」
「はい、数年したら諦めて、どっかの御曹司取っ掴まえて、玉の輿に乗るんで!」
「はははは、君はいつも、適当だな。御曹司を捕まえる前に、そろそろエクセルの使い方ぐらい本気で、覚えてほしいんだけど……」
「エクセルは、簡単です! ちゃちゃっとやって、ぱぱっとやって、困ったら八雲さん呼んで……」
「そのちゃちゃっとと、ぱぱっとが、後々トラブルを起こして、俺が呼ばれるんだけどな」
「いいじゃないですか~」
「……いやいや、全然よくないからね?」
「あっはははははっ」
ちひろちゃんは笑いながら、ビールを流し込み柿の種のピーナッツだけを根こそぎ食べる。
「あ~っ、この柿の種うまっ!」
「―――――そうだね」
こうやって、悪い空気にならなくて良かった。
「―――今日はありがとう」
小さく、つぶやく凜。
マンションのエントランスの前。そこまで、送ってくれたこと、そして別れを告げても応援すると言ってくれたこと。
全てに、一言の感謝をする。
ここに来るまで、楽しく離しながら来たものだが、それでもなんだか心に残るものがあった。
辛気臭くなる空気を、ぱっ、と明るくしようと。
「そんな顔すんなって! 俺の事は気にせず、頑張ろうぜ」
なんてことを言う、優斗。
「――――うん」
「私、頑張ってみる」
「だから、優斗も私みたいなサイテーな奴じゃなくて、良い人見つけてね」
「凜!」
「ほんとだから。でも、サイテーでも、頑張ってみせるから応援してね」
「……わかった」
「あ、最後に触っとく? 彼氏権限、今日まで有効だよ?」
そう言って、凜は優斗の手を自身の胸へと近づけた。
「や、や、や! いいって、俺はそういうことは本当に好きになった人としろって言っただろ!!」
「そう?」
上目づかいで可愛く言われる。
ここで、首を縦に振れば揉める……女性しか持たないあの、レジェンド部分に!!
「本当にいいの?」
凜がさらに聞く。
胸に近づく手が、ざわつく。触りたいと、一揉みいきたいと……言っている。
「俺は最後まで、紳士だから!」
「あっそ」
「おへッ!?」
優斗は変な声を出した。
それもそのはず。
指先が、微かに触れた。やわらかい、何かに。
ぷにっぷにで、押すと指が少し沈んだ。その感触は、指先に残っている。
「……ご褒美。最後まで紳士でいてくれた優斗に」
ふっ、と笑って――――魅せられる。
「……ッはわ、はわわわわわわわわわわっほう!?」
優斗はさらに気勢を上げ、思わずチャ○ラ宙返りをしてしまった。
顔からは蒸気が出て、まともに凜の顔も見れない。
その様子に、凜は驚いた。
「ご、ごめん。そんな困らせるつもりなくて、ほんとに、その……面白半分で……」
ただ何も考えずその場のノリだけでやったことを理解しつつ、しかしその凜の慌てっぷりがめちゃくちゃに可愛い。
そう思ってしまった、優斗だった。
凜は、優斗に手を振りながら、エントランスに入っていく。
エスカレーターで上りながら、凜は考える。
頭の中にある、この恋を成就させるというミッションを、攻略するためには何をすればいいのか。
ぐつぐつ、まるで煮だっている鍋のように、気持ちがなぜか浮き足立つ。
ドアを開けて、まずは何を話すべきか、思い悩む。口の端は、綺麗に曲がっている。
部屋の前まで来て、鍵を開ける。
「――ただいま」
ん?
おかしい。
出迎えがない。
いつもだったら、出迎えてくれる。外に出ているのならば、連絡を入れてくれているはず。
だがスマホを見ても、何も連絡は来ていなかった。
「きゃっ」
という女の声。聞き覚えがある。
何かに勘付いて、凜は急いで靴を脱ぎ玄関から中へ入る。
「――――なに、それ」
口を開いたのは、凜だ。
女と、その上にまるで襲い掛かるようにして被さっている、思い人。
その光景に。
遊園地で買ってきた、ぬいぐるみや、お菓子の入って袋が、自然と落ちる。
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